ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第3話 波乱の幕開け】

 その日、ダーミッシュ伯爵家の広い家族用の居間では、一家が勢ぞろいして、テーブルの上に置かれた一通の招待状を囲んでいた。後ろには、家令のダニエルが控えている。

「どうしてリーゼロッテに王妃様から招待状が……」

 家長であるフーゴが、薄い水色の目をすがめてうめくようにつぶやいた。

 伯爵夫人である妻のクリスタならともかく、義娘(むすめ)のリーゼロッテは社交界デビューも終えていない。つき添いに母親や親族の女性が一緒に来ることは許されるが、あくまでリーゼロッテへの招きであることが、招待状には明記されていた。

 ブラオエルシュタインは一年の半分以上が雪に閉ざされる北国だ。短い春の訪れとともに茶会が開かれるのは通例であったが、今回のお茶会開催は数日後。あり得ないほど急な招待だった。

 フーゴとクリスタは、王家が王太子殿下の花嫁候補を探していることを知っていた。なんでも、王太子殿下は気難しく、お眼鏡にかなう令嬢がなかなかみつからないそうだ。

 殿下とつりあいの取れそうな妙齢の令嬢からはじまって、未亡人にまでお声がかかっているらしい。そういう噂はずいぶん前から貴族の間に流れていた。最近では、婚約者がいる令嬢や、果てには既婚者にまで手を広げているという。

 リーゼロッテにも婚約者がいる。あの噂は本当だったのだと、フーゴとクリスタは、無言で目を見合わせた。

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