あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています
新しい生活



冬のロンドンは、とにかく寒い。
雪が積もる訳ではないが、朝は氷点下になって厳しい冷え込みだし日中の気温も十度くらいまでしか上がらない。

和花は、ロンドンに来てすぐに手袋を買った。
東京の冬では手袋をしたことはなかったが、ここでは必需品だ。

和花が住んでいるのは、晃大が用意してくれたノースロンドンにある少し狭いが安全なフラットだ。
ひとり暮らしにはもったいないくらいだが、晃大は『安全が一番』と言って譲らなかった。

どんなに寒い日でも、和花は毎日フラットを出てロンドンの街を歩く。
じっとしていたら考え事ばかりしてしまうのだ。



***



あの夜、たった二杯飲んだキールで酔った。全てをその酔いのせいにしてしまいたかった。

フワフワとした記憶しか残っていないが、よろめいた和花を彼が支えてくれた時にふたりの間に火花が散った。

蘇ってきた生身の感覚。お互いの肌の暖かさ。
心は過去の出来事で痛むのに、和花の身体は彼を求めていた。

「帰りたくない。あなたの部屋に行きたい」

とうとう、口にしてしまった。

「和花。いいのか?」

樹の言葉に頷いてしまった。

「ひとりにしないで」

その言葉が、樹の理性を吹き飛ばしたのだろう。いきなり、激しいキスを仕掛けてきた。
和花も夢中で彼の唇を受けた。
息をするのももどかしく、彼にしがみついてキスを続けた。
そこがビルの階段の暗がりであっても、誰に見られたとしても構わない。

「今夜だけはひとりになりたくない」

四年前に付き合っていた頃には、自分から樹を求めたことはなかった。
でも、樹の温かさに触れる日はこないと思っていたのに目の前に彼がいる。

「樹さんが、好き」







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