青い夏の、わすれもの。

華side

吹奏楽コンクールがあったあの日。

初恋の人の失敗を目の当たりにし、自分のことのように哀しくて苦しくてどうにかなってしまいそうになっていた。

そんな時に彼が現れた。


「おはよう、深月さん」


私が単語帳とにらめっこをしている時に声がかかった。

誰よりも明るく爽やかに、まるで夏の日差しのような挨拶をしてくれるのは、彼しかいない。


「朝吹くん...おはよう」


私が遠慮がちに言うと、彼は青空のように澄んだ瞳を大きく見開いて私の顔を覗いた。


「良かった、今日は元気そうで」

「あっ、うん...」

「テスト近いし、勉強頑張ろうね」


そう言い残し、彼は自分の席へ去って行った。

彼...

朝吹風くん。

私のピンチを救ってくれた人。

私が1人で焼け食いをしているところに嵐のように突如現れ、一緒にお腹がいっぱいになるまで食べてくれた。

私のまとまりのない話にも耳を傾け、うんうんと頷きながら真剣な眼差しで聴いてくれた。

嗚咽する私の背中を「大丈夫、大丈夫」と言って必死にさすってくれた。

彼のその言葉はまるで魔法のようで、徐々に私のぐちゃぐちゃで混沌とした心が落ち着いていった。

私はその時、こう思っていた。


あぁ、こういう人のことを"優しい"っていうんだな...。

私みたいな厄介者を受け入れてくれる懐、

そしてこの大きな手のひらは

きっと誰にでもあるものじゃない。

この人だけのもの、

この人だからこそ、

神様から授けられた力なんだ。


「朝吹くん...ごめん。でも、ありがとう」


私の言葉に彼は1度として険しい顔をすることなく、私を優しさで溢れる世界に誘ってくれたのだった。