あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)

包まれる喜び

(SIDE 栞)

 結局私は自分から誘って、佐伯さんを自室へ招いた。
 お茶を飲んで……なんて気持ちも通り越して、私たちは自然に抱き合っていた。
 引き締まった胸板を感じながらぴたりと頬を寄せていると、佐伯さんのくぐもった声が降ってくる。

「槙野……本当に大丈夫?」
「はい。壊れてもいい……佐伯さんに抱きしめてもらいたいです」

 恥ずかしいと思いながらも勇気を出して言うと、佐伯さんはくすりと笑って慣れた仕草で私をベッドへと運んだ。

「じゃあ遠慮しない」

 恥ずかしいという気持ちがないわけじゃなかった。
 この欲っしている気持ちを誤魔化す方法がなかったというのが正解かもしれない。

 佐伯さんに触れられるのは初めてじゃない。
 でも最初は彼にも私にも、そこから先のビジョンを一切持っていなかったというのが今との違いだ。

(一線を越えたら、もうきっと私はこの人から離れたくなくなる)

 それが分かっていたから、ブラウスのボタンを外される仕草を見つめながらも、求める気持ちと臆病な気持ちが行ったり来たりだ。
 しかも私の中には、まだモヤモヤとしている事があった。
 ただ、それを尋ねていいのかどうか判断できなくて、黙っていた。

 でも、きっと聞かないままの方が私も佐伯さんも嬉しくない結果になるに違いない。

(やっぱり、今聞いた方がいいよね)

「あ、あの……ひとつ聞いていいですか」
「何?」
「以前話していた女性とは……もう、会ってないんですか?」

 佐伯さんはふと動きを止めて、一度体を起こした。
 興醒めさせただろうかと不安になって私も身を起こす。
 すると、彼は優しく目を細めて私の頭を軽く撫でた。

「ごめん。そこ、まだ不安を残させたままだったな」
「不安っていうか。いえ、はい……心配ですね、やっぱり」

(お父様と何かがあったら、また佐伯さんのところへ戻ってくるんじゃないかって)

 佐伯さんは一つ呼吸を置くと、私に強い眼差しを向けた。

「断言するけど、俺はもうあの人と一生関わるつもりはない」
「そ……うですか」
「……完全に記憶から消すっていうのは難しいと思うけどね。あの人が俺と母に残した傷は、計り知れないから」
「そう……ですよね」

 自分にはとても窺い知ることのできない世界だけれど、佐伯さんがその過去にまだ苦しめられているのだけは伝わってくる。
 そんな気持ちを抱えながらも私を好きになってくれたことを、感謝しなくては。

「変なこと聞いてすみませんでした」
「いや。俺も自分のことなのに言いっぱなしで悪かった。まさか槙野があんなあっさり話を受け入れてくれると思わなくて……正直驚いた」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだよ。嫌われてもおかしくないと思って告白した話だったからね」

 いつもは頼りになって大人な彼が、ほんの少し弱った姿。
 それは逆に私の胸をキュンとさせた。

(私もこの人を支えたいって思ってしまう)

「嫌いになるなんて、ないですよ」
「ありがとう」
「……あの。これから、恭弥さん……って呼んでいいですか?」

 遠慮がちにそう申し出ると、彼は少し驚いた顔をした後、すぐに頷いてくれた。

「もちろん。俺もオフでは栞って呼ぶよ」
「はい」

 素直に頷くと、恭弥さんは大きな手で私の頬を包むと、そっと唇を寄せた。
 節目のまま私をじっと見つめながら、重なりの温もりを確かめるように長いキスを重ねる。

「ん……」
「……栞はキスが好きなんだっけ」
「……はい」
「実は俺、キスってあんまり好きじゃなかったんだけどさ」
「えっ」
「いや、最後まで聞いて。栞とのキスはどうしてかすごく感じるんだよ」
「……っ」
 
 低く囁かれた声は熱っぽくて、吐息を感じるだけで体が火照ってくる。

(私だけは特別って言ってもらっているみたいで、すごく嬉しい)

 そう思っている間にも次のキスが降ってくる。

「……っ」
「もう少し口開いて」

 小さく口を開くと、すかさず間から舌先が差し入れられた。 

「ん……は…ぁ」
 
 口内で絡み合う熱は、もう体を重ねているのと同じほどに全身を痺れさせる。

 私たちは夢中でキスを重ねながら、自然にベッドに倒れ込んだ。
 迷っていた気持ちもすっかり薄らいで、これからのことは自分が決めた道なのだとはっきり意識した。

 流されているんじゃない。
 恭弥さんを受け入れるのは、私が望んだことなんだ。

 そう思ったら、ずっと受け身だったセックスに対しても、積極的な気持ちが湧いてくるのだった。
< 30 / 50 >

この作品をシェア

pagetop