40歳88キロの私が、クールな天才医師と最高の溺愛家族を作るまで
そして今、私は氷室さんと2人で、小江戸の街、川越を歩いていた。
たくさんの観光客で道は混雑しており、ちょっとでも離れているとすぐに逸れてしまいそうだった。
だからだろう。

「森山さん、こっち」

氷室さんは、私の手をしっかりと握り締めてくる。

(手汗!手汗が……!!)

こんなに間近で氷室さんの顔を見たのは、婚活の日以来だった。
浴衣と、和風な景色の効果もあり、綺麗な顔立ちが一層際立っている。

(氷室さん……本当に何でも似合うんだな……。それに比べて私は……)

浴衣に汗染みがついたらどうしよう、と気にしてばかりいた。
それに髪型。
気合い入れてアップにしてみたけど、顔がよりまんまるに見えるのではないか、と不安になった。
気にし始めたら、止まらなかった。
さらに、すれ違う浴衣を着た女の子達が、私に分かるように

「やばっ、イケメンと野獣?」
「ちっとも釣り合わない」

と言っているのも、聞こえてしまった。
この人の横に、今こうしているのが、とても恥ずかしい。
私なんかでごめんなさい、と思ってしまった。
でも……手を離してと言うのも……嫌だった。

「森山さん、口を開けて」
「え?」

口の中に、急に甘さと温かさが広がった。

「お芋と……餡子……?」
「川越名物の和菓子だそうですよ」

ふと横を見ると、お店の人が試食を配っていた。
氷室さんも、爪楊枝が刺さった和菓子の欠片を持っていた。
氷室さんはそのかけらを口に入れながら

「美味しいですね」

と笑顔で話しかけてきた。

「は、はい……!お芋好きなので!」

(……違う!そうじゃないだろ!私が芋が好きかなんて、どうでもいい!)

自分の発言に、とてもとても後悔をした。

「俺も、さつま芋好きですよ」
「本当ですか?」
「川越はさつま芋の産地と聞いていたので、楽しみにしていたんです」

氷室さんはこの和菓子が気に入ったのか、購入していた。

(あ、そっか)

氷室さんが私を川越に誘ったのは、さつま芋のお菓子を食べたかっただけ。
その方が、ずっとリアルだと思った。

「はい、森山さん」
「ありがとうございます」

オシャレな浴衣デートの相手としては、申し訳ない程に、差がありすぎる私たち。
けれども、美味しいもの好きの同士としてであれば、まだこの人の横にいてもいい気がした。

「あ、ねえ氷室さん、あの人が持ってるの、美味しそうじゃないですか?」

私がすぐ近くを通っているカップルが持っている、プラスチックのカップに入った細長いさつまいもチップスを指差した。

「あれ気になってたんです!今度は私が奢りますから、食べませんか?」
「良いですね」

そうして、私は氷室さんを連れて、あちこちのさつま芋スポットを巡った。
さつま芋のソフトクリームに、シュークリームなど、本当にたくさんあるさつま芋スイーツを、お腹がはち切れそうになるくらい食べた。
それらは全部

「俺が払います」

と先に支払いを、スマートに済まされてしまっていたが……。

「川越来て、よかったですね」

私は、さつま芋スイーツを思う存分堪能したことで、十分に川越を満喫できたと思った。
これでもう、この日は終わりにしたいと、思った。
いい思い出の内に。

「そろそろ帰らないと、日が暮れますよね」

と、帰宅を促した。
ここに来るきっかけになったものを、忘れたフリを、した。

「森山さん、何言ってるんですか」
「え」
「風鈴、見に行くんでしょう?」

氷室さんはさも当然という顔をして、また私の手を取った。
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