2章・めざせ転移門~異世界令嬢は神隠しに会う。

未来で花開く守護の祝福

バリアロードに向かって走る
6頭立ての豪奢な馬車は
王族が王都に向かう馬車。

マーシャは
虚空から暫し下降している
スカイゲート=旧ウーリウ藩島の
海底遺構回廊に
立ち、

『遠見』の能力を使って
王都に繋がる
通称キャピタルロードへひた走る
華やかな一団馬車を
見つめる。

窓越しに見つけたのは、
銀月色の短髪に
弁髪よろしく伸ばした襟足の髪を
長く編んだ
スタイルの横顔。

認証偽装を施している
横顔は、
色白ひょろりの不健康体を
見事に演出する
眼鏡姿で、

マーシャが この海で見てきた
彼の王子の面影はない。

ただ『遠見』で見れば、
昨夜
マーシャが手から落として、
渡す事が出来なかった
『虹珊瑚のカフス』が袖口で
燻銀のような輝きを
放っているのに
気が付き
自分の口元に思わず両手を
当て、
嗚咽を耐える。

1人佇む海原を吹く風に、
涙が散って、

マーシャは自分の両耳に触れた

そこには、
今の瞬間も
遠い昔に贈られた
虹色珊瑚のピアスがちゃんと
形を指に知らせ在る。

マーシャは意を決して
詠唱を、始めていく。
師である父親が、娘マーシャに
教えてくれた古の魔法は、

愛する者に託した契りを依り代に
己のエネルギーを
守護エネルギーに循環させる
神代の魔法。

神の愛が人類にあまねく注ぐ
その理を
陣に起こした
希代の詠唱魔法が、

スカイゲートの青い空
マーシャの背後に蓮の華が咲かせ
誇る様に魔法陣が
瑞々しく描かれていく。

霊峰マウントブコクで祈りを捧げる
高術祈祷者や、
エドウィン窟で御祓をする
祈祷者のみが、

そのビジョンを脳内に受信し
その荘厳で純粋な
魔法の華陣に
我を忘れて眼を見開いた。

今この世界に
とても慈悲深げに
そしてどこまでも静かに

虹色珊瑚の装飾を型どる
2つのオーパーツが誕生した
事を

彼等は肌で感覚で認知し、
感涙していく。

高次元視覚のみに認知される
マーシャの詠唱魔法は、
巨大な蓮華陣に育ち

まるで華中から迸る水のように
守護の力が
虹色珊瑚の装飾を繋げて、
カフスに
集約され納められたのだ。

無音甚大な祝福となって。

まるで、
何も起こらなかったかに
窓越しの横顔が、
遠く海原に佇むマーシャを

見てくる。

マーシャほどの『遠見』を
持ってすれば

蜜を吸う花鳥が飛ぶ
城の庭で
幼子時代に鼻を擦り寄せて
戯れた距離にまで
視点を合わせれる。

そうすれば、
魔力を全く持たない相手が
決して気が付く事がないのに
お互いの視線が
反れることなく
交わった。

マーシャの片手は
『遠見』の先、
息がかかる至近で 相手の頬を
何度も何度も撫でる。

只只
瞬きもせず
見つめるかの相手の
瞳の瞳孔から
睫毛
引き結ばれた唇を

触れることない指で
嘸る。

結局、成人の儀の夜に
幼子から長く続いた婚約が
婚約者本人の、
この唇から白紙だと告げられた。

どこかで、
マーシャは何時か
こうなる日が訪れる事を
予感していのかもしれない。

そうでなければ
こんなにも、
凪いだ気持ちで
いれるはずはない。

いつか自分自身が、この人の
重荷となり枷になる。

そう意識したのは
いつからだったか
思い出せなくとも、もう相手は
このバリアロードを越えていく。

悲しいほどに認証偽造の術は
完璧で、
せめて最後に本当の姿を
見たかったマーシャは

もう1度、
眼鏡をかけた
相手の金瞳の奥に視線を戻した。


『ガラーーーーーンガラーーーーーンガラーーーーーン』

干上がる海底遺構にまで
鳴り届く城の鐘の音。

バリアロードが繋がる合図。

6頭立ての豪奢な馬車が、
音を立てて
白い石門を、今、

潜り抜けた。

引き戻される『遠見』で、
元婚約者、ガルヲン皇子が
スカイゲートを出た事を

マーシャは咽び震えながら
心に刻んで、

ここ何度も持っては
食べられる事のなかった
サンドイッチを潮風の吹く
海底遺構回廊に座って

ひとりで食べ切った。

その姿を
反対側の回廊から
小さな影が見ている
事には気が付かないままに。

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