社長はお隣の幼馴染を溺愛している
 おじさんが私の境遇を考えて、おばさんを説得し、これが精一杯の妥協案だったのだろう。
 弁護士さんが淡々とした口調で、私に言った。

倉地(くらち)さん。アパートに住めなくなるのは困るでしょう? 仁礼木さんは保証人がいなくても、倉地さんの境遇を考えて、このままアパートに住んでもらって構わないとおっしゃってくれています」

 収入もなく、身寄りのない学生の私が、今のアパートに住み続けるには保証人が必要だった。
 
「誓約書にサインしないなら、アパートを壊すつもりよ。どうせ、古いし、住んでいる人も数人でしょ。以前から、家の隣に小汚いアパートが目に入って、不快だったのよね」
「壊すって……小汚いアパートって……そんな……」

 怒りと悲しみが混ざり、どんな顔をしていいかわからない。
 両親と一緒に暮らした思い出の場所を失い、暮らしていけるほど、まだ傷はそこまで癒えてなかった。
 アパートも要人も失わず、今まで通り暮らすには、おじさんが考えた妥協案を呑むしか、道はない。

「条件をのめば、仁礼木さんのご厚情により、アパートに住めますよ」

 弁護士さんが誓約書にサインをするよう求める。
 膝の上に置かれた自分の手が震えていた。 

「要人さんには、今日のことを言わないでちょうだい。あの子、怒ると面倒なのよね。要人さんに言ったら、アパートからすぐ出てってもらいますからね!」
「わ、私、要人と会えなくなるのは嫌です」

 涙を堪え、必死に言う私に、おじさんは優しく言った。

「大丈夫、会うなとは言わないよ。一緒に要人といてもいいんだ。ただこれにはサインをして欲しい」
 
 要人と引き離されずに済むのなら――そう思って、私は誓約書にサインをした。
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