純愛
フラフラとベッドからおりて、泣き崩れる母さんの傍に行った。
腰を抜かしているみたいに蹲って、ただ泣き崩れている。母さんの肩を揺すって、訊いた。

「どういうこと…?何言ってんの?」

喉が詰まったみたいに、上手く声が出せない。何の冗談だ?ドッキリだとしたら、相当タチが悪い。

母さんの肩を揺すっていた俺を、父さんが止めた。弱い力だった。

カンナが死んだ?カンナが…?カンナって…あの…カンナだよな。
頭が理解してしまうことを拒んでいる。絶対に認めてはいけないことだと思った。こんなこと、現実なわけがない。悪い夢でも見ているのか?

やけに大きく聞こえる時計の秒針の音。母さんの泣き声。まだ五時になったばかりなのに、カーテンの隙間からは、もう薄らと太陽の光が射し始めている。

カタン…。

玄関の方から、何か小さい音がして、ビクッと肩を震わせた。

その音に父さんも母さんも気づいていて、すすり泣きに変わっていた母さんが、「あ…つばきちゃん。」と声を絞り出して言った。

つばき…?

俺はゆるゆると立ち上がって、部屋を出た。つばきがカンナの球根を持ってきた日と同じ様に、吹き抜けの玄関を、二階から見下ろした。
つばきもそこから俺を見上げている。

「つばき…。」

脚にまったく力が入らない。宙に浮いているみたいに、床を踏んでいる感覚がまったくない。
ゆっくりと階段に向かって、ギュッと手すりを握りしめながら、一段一段、階段をおりた。
情けないくらいにフラフラする。

「とーか君。」

囁く様に、つばきが俺を呼んだ。

「なんで…。」

「とーか君…、私…。」

「カンナは!?」

「え…。」

何かを言いかけたつばきを遮って、俺はつばきに詰め寄った。つばきは目を丸くして狼狽えている。

「カンナは!?カンナは今どこだ…。」

「警察署だよ…。」

「警察署?」

「事故か、自殺か…事件か…調べる為に検視が必要だって…。カンナちゃんの遺体、連れていかれちゃった。」

カンナちゃんの「遺体」。
カンナちゃん、じゃなくて、カンナちゃんの遺体、とつばきは言った。

遺体。

生きていない体。

そんなこと…。そんなことあるわけない…。

お願いだ。神様。

夢から醒めて。
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