聖夜に身ごもったら、冷徹御曹司が溺甘な旦那様になりました
番外編 だから、君が欲しい
「スピーチの原稿、三案作成しました」

 凛とした声とは裏腹に、彼女の顔はひどいものだった。目の下には薄茶色のクマが目立つし、色のない唇は少しかさついて荒れている。昨日と同じ白いブラウスはシワだらけで、この原稿のために徹夜したのは明白だ。

 いつもの一分の隙もない彼女も美しいが、十弥の目には今のボロボロの彼女のほうがより魅力的に見える。この姿を見られるのは自分だけだと思うと、ますます心が浮き立つ。子どもじみた独占欲だと思いながらも、頬がゆるむのを止められない。

「見せてくれ」

 十弥は彼女が苦労して作りあげた原稿に丁寧に目を通した。文字を追う彼の胸にあたたかいものが広がる。

(やっぱり、彼女だな)

 玲奈は十弥の仕事にかける思いを誰よりも深く理解している。秘書になって日が浅いとはとても思えない。それは彼女が有能だからなのか、それとも――。

 十弥は顔をあげ、ちらりと玲奈の様子をうかがう。自分の仕事がどう評価されるのかドキドキしながら十弥の言葉を待っている。早朝のオフィスで男とふたりきりというこの状況を少しも意識していない、仕事熱心で、鈍感で……玲奈の顔を見つめていると、彼女と初めて会った日のことがありありと思い出される。

 玲奈はきっと知らないだろう。日本に戻ってきて、玲奈がまだ秘書室に残っていたことを十弥がどれだけうれしく思ったか。彼女なら、十弥の挑発にきっとのってくると思った。そこまで計算したうえで十弥は玲奈にあえて厳しい言葉をかけたのだ。

(正解だったな。まんまと俺の秘書におさまってくれた)
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