聖夜に身ごもったら、冷徹御曹司が溺甘な旦那様になりました
***

 三年前、ロンドン。
 大衆向けパブの店内は、賑やかを通りこしてうるさいほどだ。十弥は軽く顔をしかめ、向かいに座る母親、祥子を見やった。

「もう少し静かな店にすればよかったのでは?」
「え~。ロンドンといえば、やっぱりパブでしょ。せっかく旅行に来たんだから現地ならではのお店を楽しまなきゃ損よ」

 お嬢様育ちのわりに彼女はたくましい。地元の人間しか行かないような店もアジアの屋台も平気で楽しめるタイプなのだ。

 ロンドン支社に赴任して一年、多忙でなかなか実家に顔を出さない十弥に痺れを切らし、彼女のほうからロンドンに出向いてくれたのだ。もっとも海外旅行は彼女の趣味でもあるから、十弥に会うのが一番の目的というわけではないだろうが。

「ロンドンを楽しんでるかと思ってたのに、浮かない顔ね」

 ジョッキのビールをグビグビ飲みながら、祥子はからかうような目で十弥を見る。十弥は肩をすくめてぼやいた。

「そうですね。海外なら多少は自由になれるかと思っていたけど、そうでもなかったというか……」
「あ、知ってる。パリ症候群ってやつよ」

 聞き慣れない言葉に十弥が説明を求めると、彼女はしたり顔で解説してくれる。海外に抱いていた幻想を打ち砕かれ絶望している状況をそう呼ぶらしい。

「なるほど」

 うまいことを言うものだなと十弥は自身の顎を撫でる。
< 107 / 111 >

この作品をシェア

pagetop