聖夜に身ごもったら、冷徹御曹司が溺甘な旦那様になりました
一章
 四か月前、九月。

 初秋とは名ばかりで、まだまだ真夏のような暑さの日が続いていた。和泉商事本社ビル十二階にある秘書室で、芦原玲奈は今日も黙々と残業をこなしていた。ゆるくパーマのかかったロングヘアをラフにまとめ、オフホワイトのパンツスーツに身を包んだ彼女からはデキる女のオーラが漂っている。

「芦原さん、ちょっといい?」

 そう声をかけてきたのは上長である秘書室長の丹羽だ。

「再来週の千堂社長の接待の件なんだけど、お店はどこがいいと思う?」

 玲奈はキーボードを操作する手を止めることなく、口だけ動かす。

「荻自動車の千堂社長は和食派です。ただし生ものが苦手なので、寿司や海鮮は避けてください。『水連』あたりがいいんじゃないでしょうか」

 水連は老舗のうなぎ屋だ。玲奈の助言に丹羽はふむふむとうなずく。

「寿司、ダメなのかぁ。おいしいのにね」

 玲奈も寿司は好きなのでそれには全面同意するが、この話は過去に三度はしたはずだ。丹羽がなぜ覚えていないのか、彼女には不思議でならない。この調子では、例の件もきっと忘れているだろう。玲奈は小さくため息をつくと、丹羽を見据えた。

「それから、社長のお嬢様が今秋にご出産されたとうかがっています。そのお祝いをなにか用意するとよいかと」

 案の定、丹羽は今思い出したという顔でポンと手を打った。

「出産祝いね。難しいなぁ、なにがいいいんだろうな」
「今週中に用意しておきます」

 短く告げて、玲奈は丹羽からパソコン画面へと視線をうつした。本来ならば玲奈の仕事ではないが、これ以上彼に仕事の邪魔をされるくらいなら出産祝いを用意するくらいなんのことはない。
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