離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~

揺れる心 side花音&黎人

▼揺れる心 side花音&黎人
 離婚はしない――。
 なぜ、黎人さんがそんなことを言ってきたのか、まったく理解できなかった。
 突然キスをされ、頭の中が真っ白になったまま、思い切り黎人さんを突き飛ばし小鞠を抱いて部屋から出ていく。
「まーま」
 小鞠が不思議そうに私のことを呼んだけれど、返事をしている余裕もない。
 心臓が、激しくバクバクと高鳴っている。
 どうしてあの人は、たった一瞬でこんなにも人の心を乱すのか……。
「小鞠……っ」
 私は小鞠をぎゅっと抱きしめながら、心臓を落ち着かせることに集中した。

 あれから、黎人さんと会わずに一週間が過ぎた。
 連絡先も何もかも拒否をしているため、彼が今何をしているのかも分からない。
 母親から聞きかじった話によると、もうすでに通常通り本社で働き始めているらしい。
 いつまでも動揺しているわけにもいかず、私も明日から仕事を少しずつ再開していくことになっている。
 週に二回師範として生徒さんたちに華道を教えたり、ホテルや旅館に足を運んで直接お花を生けに行ったりもする。
 離婚が成立したら、自分だけが稼ぎ頭となるのだから、働くためにもベビーシッターを雇わなくては……。
 なんて思いながら小鞠がまだ眠っている部屋に戻ろうとすると、後ろからバタバタと足音が聞こえてきた。
「花音様、聞きましたよ。黎人さんがお戻りになってよかったですね」
 五十代前半の仲のいいお手伝いさん・村田さんが、わざわざ駆け足で来てくれた。
 村田さんはとても気の利く女性で、葉山家がすっかり長年頼りきりになってしまっているほど、ベテランのお手伝いさんだ。今日も緩やかなパーマのかかった髪を白い三角巾でまとめている。
 私は、嬉しそうに微笑む村田さんに、まさか離婚をするために計画しているだなんて言えるわけもなく、適当に話を合わせる。
「まあ、そうですね……。あはは……」
「しかも、うちの担当に直々についてくださるんですってね! 従弟さんの自分勝手さには振り回されていましたから、従業員も喜んでいますよ。黎人さんは仕事もできて……しかも男前! 遠目から黎人さんを見た生徒さんも色めきだっていましたよ」
「そ、それはよかったです……」
 興奮した様子で話し続ける村田さんに、私は乾いた笑みを返すことしかできない。
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