「加賀美くん……ありがとう」

「槇村は何も言わなくていいよ。俺の気持ちを聞いて欲しかっただけだから。でも何があったかだけ教えてほしい」

「ごめん、言えない。もう忘れたい」

「そうか。無理しなくていいよ。もし大丈夫な時が来たら教えてほしい」

私は頷いた。

「今日はこのまま入院するように先生が言っていたぞ。さっきご両親が来て、一度着替えを取りに帰られた。とても心配してたから元気な顔見せてやれよ」

そういうと、加賀美くんはいつもと違い優しい眼差しで私を見つめ、親指で私の涙を拭ってくれた。

「ありがとう」

私はその言葉を言うのが精一杯だった。
程なくして両親が戻ってきて、交代で加賀美くんは帰っていった。


「奈々美、大丈夫?どうしたのよ。また何かあった?」

母は心配そうな顔を浮かべ私の隣に座ってきた。仕事に行っているはずの父も一緒に来ており、どれだけ心配をかけたかのかと申し訳なく思った。

「奈々美、またあいつのせいか?」

「違う、違うのよ。でももう会社辞める。頑張っても私のことをみんなが噂してるの。もう耐えられなくなってきた。頑張るって言ったのにごめんなさい」

「何言ってるの。もう十分頑張ってるわよ。逃げるわけじゃない。負けるが勝ちって言葉もあるのよ。去る方が賢いってこともあるの」

「奈々美はお父さんたちにとって、いくつになっても可愛い娘だ。いつでもお前の意思を尊重するよ。でも困った時には必ず話してほしい」

「うん。ありがとう。いつも心配かけてごめんなさい」

私は両親の目の前でまた泣いてしまった。
もうこれで終わりにしたい。
仕事が好きだけど、好きだけではどうにもならないことがあるって分かった。
私の意志に反して噂は一人歩きして、私を知らない人が私の悪口を言っている。

「さ、もう泣くのは終わりよ。何か食べられそう?」

「うん」

運ばれてきた食事のトレイがテーブルの上にあった。私は茶碗蒸しだけ食べるとまた横になった。

「明日迎えにくるからね。ゆっくり寝なさいね」

「ありがとう」

両親を見送ると私はスマホを見た。

そこには梨花ちゃんや大介くんからメッセージが届いていた。

【大丈夫ですか?あの後私が保健室まで着きそうべきでした。ごめんなさい。救急車の音がして驚きました。加賀美さんからは大丈夫、と言われたのですが心配です。何かあればいつでも言ってください】

梨花ちゃんから私を心配してくることがわかるメッセージだった。同じような内容で大介くんからも連絡が来ていた。

2人には、心配かけてごめんなさいとだけ返信した。
そのあと天井を見つめ何も考えられずにいるとスマホにメッセージが届いた。
手を伸ばし、メッセージを確認すると加賀美くんからだった。

【少しはご飯を食べられたか?】

ぶっきらぼうだが今まではこんなメッセージを送ってきてくれたことなんてなかった。
この8年、加賀美くんから来るのは業務連絡ばかり。
だからこそこんなメッセージをくれるなんてドキッとした。

さっきの加賀美くんの言葉、今まで誰からも言われたことがないほどに熱い思いだった。

まさか加賀美くんがこんなにも思っていてくれてたなんて思わなかった。
いくら梨花ちゃんに言われても、心のどこかでそんなことはないと思っていた。

ちゃんと口にしてくれた言葉はあまりにも甘く、切ない言葉の数々だった。

メッセージを返さないと、と思い文章を考えるけどなんで言えばいいのかわからなかった。でも既読がついているから彼には私が読んだことを分かっているはず。何か返さなければ、と思うが思い浮かばず、結局茶碗蒸しを食べたことしか返せなかった。
それでも加賀美くんはすぐに既読がついた。

【良かった。少しでも食べられて。何か食べたいものがあるか?明日の退院はご両親が来るのか?もし1人なら俺が迎えに行くから連絡が欲しい】

【大丈夫だよ。明日は両親が迎えに来てくれるの。ありがとう。少しまた休ませてもらえないかな。部長には連絡するけど石垣島のホテルの件、手を引いてもいいかな?だいぶ話もまとまってきたし、大介くんや梨花ちゃんに仕事も割り振ってきたからあの2人が加賀美くんの補佐になってくれるはず】

【今だけだよな?仕事辞めるとか考えてないよな?】

私は返答に困った。
図星だった。
本当ならホテルのオープンを待ってから辞めるはずだった。けど今の状況から考えるとそろそろ限界だと思う。
最後までやり通したいけどまた出社するかと思うと手が震えてくる。
そのまま返信することができず、看護師に渡された睡眠導入剤を飲み、強引に寝てしまった。