そして意を決して、涙を拭ってバイオリンを構える。
秀機君に合図を送ると、ピアノの演奏が始まった。


曲はシューベルトの歌曲集『白鳥の歌』第四曲『セレナーデ』
昂志さんとユキさんもわかりそうな有名な曲、というのもあるけれど……実はあのウィーンの最後の日、彼の前で弾こうか迷った曲だった。


メロディーの演奏と共に歌詞をなぞりながら、あのウィーンの日々に想いを馳せる。

Liebchen, höre mich!
Bebend harr’ ich dir entgegen!
Komm, beglücke mich!

『愛しい人。私の願いを聞いてください。震えながら、私はあなたを待ち焦がれている。ここに来て私を幸せにしてください』


この曲は私の、小さな願いを乗せた曲だった。

もう会いたいと願っても、叶わないかも知れない。だけど、もしまた彼に会うことができたら。また彼の前で演奏することができたら……そう思って、仕舞っておいた曲だった。