小さな願いのセレナーデ
「すごく努力したんでしょうね…」そう言うと「まぁ見てる方がしんどかったけど」と。

「バイオリンの先生と合わなくて、過去三回ぐらい変わってるんだ。納得できない所はとことん追い詰める性格してるから、先生に根をあげられた」
「へえ……」
彼女は拘りが強い面があるみたいだ。演奏を聞いていても、何となくわかる。

「ちょっと気難しい性格なんだ。瑛実がこんな感じだから、うちにはユキさん以外に出入りする人もいないし」
「え、運転手とかボディーガードとかは……」

そういえば今も彼自身が運転しているし、SPらしき人も見えない。

すると彼は声を上げて笑いながら「日本はそんなに物騒じゃないから」と。
「でも一応、警備会社の方で瑛実と俺の現在地は把握されはいる」とは付け足した。

「俺は仕事の時だけ部下に送迎してもらってる……本当は自分で運転する方が好きだし、自由にしたいけど、煩くてな」
「まぁそりゃ仕方ないですよ」

そう、彼に自由が無いのは当たり前だ。

「あなたは大企業の社長なんですから」

わざと嫌みったらしく言ってみる。
彼は無表情だが…少しだけ目頭が動いたような、そんな感じがガラスの反射で見える。


「……ともかく、瑛実をよろしくお願いしたい」
「ええ、わかりました」

なるべく義務的に聞こえるよう、努めて冷淡な声で返事をしておいた。
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