小さな願いのセレナーデ

翌日、起きると頭の痛みは引いていた。
だけど大事を取って、グループレッスンの一コマは変わってもらった。その空き時間、私はぼうっと空いたレッスン室で過ごしていた。

「アキちゃん」
「あ、秀機君」
「大丈夫?また酷くなったの?」
「ん、念のため、もう大丈夫だよ」

秀機君がドアの外から様子を伺っている。
微笑んでみると、安心したようにほっと胸を撫で下ろしていた。

「あのじゃ、ちょっと付き合ってくれない?」
「いいよ、あの曲?」
「うん。第二楽章だけでいいから」
「待ってね」

二人でピアノのある、別のレッスン室に移動した。
さっきバイオリンの弓を緩めたので、ピンと張るようにネジを巻いて調整する。

「何か大口の仕事が入ったって?」
「うん、何か来年ウィーンに行く子なんだっ
て」
「大丈夫か?」
「大丈夫よ」

色々な意味で、自分に言い聞かせるように。強く言い切る。


「ほら、仕事自体は好きだから」
そう言って秀機くんに笑って見せると、彼も微かに微笑んだ。


しばらく彼に付き合い演奏し、次のレッスン時間が近付いてきたので片付けに入った。
クロスでバイオリンを拭く間、秀機君はそれをじっと見ている。
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