小さな願いのセレナーデ

ご飯を食べ終わると、彼は帰って行った。
帰り際、「本当にごめんなさい」と頭を下げる私に「べつにどうってことない」と、ぶっきらぼうに返事をする。

「いや、あの、三年前のこと……色々誤解とかしていて……」
三年前のニュースで、彼に誤解をしたまま連絡を取らなかったこと。
彼に話さなきゃいけなかったことも、何もかも放棄していた。

どう言葉を紡ごうか迷う私に、彼は聞くより前にさっとポケットから名刺を出した。
「何かあったら、今度こそ連絡して」と。
そう言って帰っていった。


一体どういうつもりなんだろうか。
本当は、責めてくれた方が楽だった。
連絡も取らずに、何で他の人との子を身籠ったのかと罵倒してくれた方が良かった。碧維は一歳半だと伝えているから、帰国後すぐ他の人との子供ができたと思われてるはずだから。

(もう、碧維と会わせられないな……)
確かに碧維とは親子だった。
横顔がそっくりで、良く似ていた。

だけど、私達は──深くは関わってはいけない。
やっぱり彼は、私達と住む世界が違う。
立ちはだかる壁の存在を、ひしひしと感じたのだ。
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