椿はこの男の普段の姿を知っている。

卓越した手腕から帝王などと仰仰しいふたつ名で呼ばれているが、普段は優しく穏やかな性格の美丈夫だ。

艶やかな黒髪、透き通るような肌、切れ長の目にすっと通った鼻筋、形の整った唇。

まるで夏の朝に咲く朝顔のように涼しげな面持ちをしている。

美しいという形容がぴったりだが、一八〇を優に超える身長と広い肩幅、シャツの袖口から覗く逞しい腕は、立派な雄のものであり、女性的な形容詞を使うには気が引ける。

歳は姉の三つ上で三十二歳。椿は二十五歳だから、七つ離れている計算になる。

優しくて理知的で最高に格好いい大人の男性――姉の恋人であると同時に、椿にとって理想の男性でもあった。

「女性が軽々しく土下座などするものではない」

その声はゆったりとしていて冷静だが、優しさは微塵も感じられない。

椿の知る彼とはあきらかに異なる態度に、びくびくしながら背中を丸める。

「その着物も、汚すには惜しい逸品なのだろう?」

椿が着ているのは紋の入った青藍の色無地。母から借りたもので、礼を尽くすには最適な着物だ。

普段は黒い帯とともに色喪服として使うが、それはやりすぎだろうと慎ましやかな鈍色の帯を締めてきた。

繊細な装飾文様が施されていて、控えめな一重太鼓で結ばれている。名のある職人が手掛けた希少な一本だ。