グローヴァー侯爵邸では、薔薇が満開の時季を迎えようとしていた。

 アーチになっているピンクの薔薇の間を走り回っていたミリエラは、薔薇に囲まれた広場で足を止めた。

「……あー、もう。視界が、うるさい」

 視界の隅を精霊達がちらちらとしている。どうして皆は、平気でいられるんだろう。

 ミリエラは、屋敷の方を振り返った。

 ここ、グローヴァー侯爵家の一人娘であるミリエラだが、生まれてから一度も本館に入ったことはない。

 ミリエラの母は、ミリエラを産み落とした時にこの世を去った。そのため、母を愛していた父は、ミリエラを遠ざけるようになったらしい。

(ねえ、ママ。"私"……すごく寂しい)

 両手を伸ばし、天にいる母の姿を掴まえようとしてみる。そんなことをしたって、母に手が届くはずないということはわかっているのに。

『娘、我を呼べ』

 そう耳の奥から話しかけてくる声。

 声に従い、呼べば姿を見せたのは美しい白猫の姿をした風の精霊であった。

『娘、我と契約しろ』

「娘じゃないよ、ミリィだよ……どうして契約したいの?」