鬼麟

3.一線を

 図書室から出ると、今度こそ本当に途方に暮れる。行く宛もなく、する事もない。彷徨い続けた結果、急激に襲ってきた眠気に思考に霞がかかり始める。
 原因は解っている。新天地での緊張と、これまでにも積み重なる不眠。寝ては少しもしない内に目が覚め、身体はとてもじゃないが休まっていない。
 夜は出来ることであれば寝たくない。今でも瞼に焼き付く映像が、鮮明に思い出されるからだ。
 不意に視界に入った空き教室に、吸い寄せられるようにして足を踏み入れる。やはり窓はなく、風通しがいい上に日当たりも良好。今日は天気が良いので暖かく、窓際に着けば壁に沿って腰を落とす。
 先生には悪いことをした。胸倉を掴み、余計なことまで言いそうになった。既のところで呑み込んだが、言おうとしたこと自体に罪悪感が募る。
 右手首に手を添え、戒めであるモノの存在を確かめる。忘れたりなどしない、絶対に。罪は消えないし、消せない。
 だから――。
 次第に遠くなり始める意識は、穏やかな水面に揺蕩うように、ゆるやかに私を包んだ。

 ――赤だった。
 燃える赤は、すべてを焼き尽くし、開かれた口のようにすべてを呑み込む。
 どろりとした塊が、僅かに波紋を呼び寄せて流れ出る。滴るそれは、生者の忌み嫌う色をしていて、明確に、けれども実に曖昧なモノとして見せつける。
 鮮やかだ、晴れやかだ、艶やかだ。――されど穢らわしい。
 見開かれた瞳から流れていた涙さえも彩りを加え、最早生き物ですらなくなった、かつて生きていたモノに、最期の独白を強請る。
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