オトメは温和に愛されたい
嵐の前の……
 思いのほか保健室に長居をしてしまった。

 逢地(おおち)先生が淹れてくださったコーヒーはすっかり冷め切って冷たくなってしまっていたし、時計の針はここに入ってきた時から1時間も進んでいて。

「あ、あの私……はる……霧島(きりしま)先生を待たせているのでそろそろ帰ります」

 せっかく淹れて頂いたんだし、と思ってカップに残ったコーヒーを一気に飲み干すと、会釈をして立ち上がる。

「私と2人きりの時は、いつもの呼び方で構わないですよ?」

 言われて、キョトンとしたら「は・る・ま・さ」って口の動きだけで告げられた。

 私はそれだけでブワッと頬が熱くなるのを感じてしまう。

「お、逢地(おおち)せんせぇ〜」

 情けない声でそう言って眉根を寄せて見せたら、「私も、鶴見(つるみ)先生のこと大我(たいが)さんって呼べるように頑張りますっ!」って小声で宣言された。

 鶴見(つるみ)先生のことだから、すぐにでもそう呼ばせるように仕向けるだろうなと思ったけれど、口には出さずに「そうなったら教えてくださいね」と言うに留めた。

 まだ何も起こっていないのに、水をさすことはやめよう。

 そんな風に思いながら。


***


「あ、そういえば逢地(おおち)先生は鶴見(つるみ)先生になんて呼ばれたいんですか?」

 ふと思ってそう聞けば、
「実はもう“撫子(なでしこ)”って呼ばれてるんです」
 とはにかんでいらっしゃる。

 ああ、やっぱり。そういうの、めちゃ早いな、鶴見先生。
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