逆プロポーズした恋の顛末


クラブ『Fortuna』は違法なことにはかかわりのない、真っ当なお店だ。
しかし、浮気調査や会社で不正が疑われている人物などの問い合わせで、弁護士が接触してくることもある。
そう、ママや先輩ホステスから聞いてはいたが、いままでそんな場面に遭遇したことも、自分がその対象になったこともなかった。


「しがないホステスに何のご用でしょうか?」


戸惑いつつも、にっこり笑って問う。
弁護士も微かな笑みを浮かべ、簡潔に用件を述べた。


「依頼人より、ご家族の件でご相談をお受けいたしまして。少し、お時間をいただけないでしょうか? ご都合が悪いようでしたら、日を改めますが」


彼の言う「依頼人の家族」というのは、「尽」のことだとすぐにピンときた。

これまで関係のあった男性たちで、弁護士を差し向けてくるような関係者がいる人間は、彼以外に心当たりがない。

いい話であるはずがなく、大方「別れろ」という話だろうと見当がついた。

できることなら、明日にしてほしかった。

せめて、あと一晩。
不都合な真実には目をつぶったまま、いつもどおりの夜を過ごしたかった。

けれど、先延ばしにしたところで、事態が変わるわけでもない。

そっと溜息を吐いて、頷いた。


「わかりました。ただ、一度部屋に戻って、買い物した食材を冷蔵庫に入れたいのですが」

「もちろんです。この通りの先に、カフェがあるのはご存じですか?」

「はい」

「そこでお待ちしておりますので」


弁護士は、通りの先にある「カフェ」というより「喫茶店」と呼ぶのが似つかわしい店を待ち合わせ場所に指定して、去って行く。

依頼人が誰かはわからないが、一方的に要求を突き付けられるのだろう。
手切れ金を提示されるかもしれないし、脅しまがいのことを言われるかもしれない。

何をどうあがいたって、太刀打ちできるはずもないのだと諦めモードで部屋に戻った。

買って来た食材を冷蔵庫に放り込み、そのままお財布とケータイだけを持って再び家を出ようとして、ふと玄関の姿見に映る自分を見て、愕然とする。


(これは、ひどいわ……)

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