Let's鬼退治!

第3話

「小田せんせー。聞いてよー」

「なんじゃこん棒担いで。ベルトはどうした?」

 おじいちゃん先生は基本的に、自分の興味があることにしか興味はない。

「鬼退治サークル作りたいんだけどさー。メンバーが集まんないのー」

「は? 鬼退治か。よし。ちょっとそこで待ってろ」

 腰にぶら下げた鍵の束から、体育科倉庫を開ける。

「うちにも昔は鬼退治部があってなぁ。それがまだ残っとるんじゃあ」

 小田ティーチャーが取り出したのは、校章入りの立派なベルトだった。

「ホレ、お前らにやる」

「マジで! いいの?」

「かまんじゃろ」

 そう言って先生は笑った。

あたしといっちーはそそくさとそれを装備する。

「昔はどこの学校にもあったんだけどなぁ。今はもう流行らんからなぁ」

「めっちゃカッコよ!」

「先生ありがとう!」

 やった。

本気でうれしい。

まさかこの学校の校章入りベルトが存在するなんて、思いもしなかった。

「サークルじゃなくて正式な部活みたい!」

「やばい、やる気出てきた」

 黒革のしっかりとしたベルトは、少し古風なデザインが逆に今っぽくてとてもよい。

何より制服によく似合う。

「おぉ、よく似合うな。頑張れよ」

「小田先生ありがとう!」

 あたしといっちーは走り出す。

何かもうこれだけで満足しちゃいそう。

職員室前の廊下にある、大きな鏡の前に立つ。

あれこれポーズをとって騒いでいたら、堀川が顔を出した。

「……。なにそれ。どっから持ってきたのよ」

「小田先生からもらった」

「まだいっぱい体育科倉庫にあったよ」

 堀川の視線は、じっと制服の上のベルトに注がれる。

深く息を吐いてから、眉間を押さえた。

「ま、いいわ。メンバーは集まったの? どうせまだなんでしょ。やれるもんならやってみなさい」

 堀川はあたしたちを鏡の前から追いやると、どこかへ行ってしまった。

「なんだ? アレ」

「感じワル」

 仕方なく教室に戻る。

堀川から渡されたサークル新規起ち上げ条件を、じっくりと読み返した。

「なんの部活にもサークルにも所属してない子って、知ってる?」

「完全な帰宅部ってことでしょ。そういう子って、大概他に名義貸したりしてるからなぁ」

「ねぇ。もも待って」

 いっちーが紙面を指さした。

「コレ。顧問の予定が堀川になってるよ」

「うっそ。それはない」

 堀川自身は別に好きでも嫌いでもなんともないけど、顧問となると話は別だ。

「誰が決めた?」

「校長? それとも堀川自身?」

 顔を見合わせる。

「確か顧問の先生って、こっちから頼めば誰でもよかったよね」

 生まれて初めて高校の生徒手帳、校則のページを開く。

「ほら、やっぱそうだ」

「登録許可書、堀川に内緒で新しいのもらってこよう」

 いま持っている書類は、あたしの机に突っ込んだ。

顧問のアテは決まっている。

生徒手帳によると、部活やサークルの管理は生徒会の所属になっている。

生徒会室なんて学校のどこにあるのか知らなかったけど、それも生徒手帳に書いてあった。

とても便利な手帳だ。

「失礼します」

 返事がして中に入る。

はーとしーの双子がいた。

「おいっす」

「ももじゃん。どうしたの?」

 あたしは事情を説明した。

「あぁ、そういうことなら、新しい書類あげる」

「で、メンバーは集まりそうなの?」

「掛け持ちはダメって言われて、ちょっと苦戦してる」

「掛け持ち?」

 はーとしーは同時に首をかしげた。

「そんな規則はないと思ったけど」

 はーちゃんは生徒会室の棚から、何かの冊子を取り出した。

「顧問の先生は生徒自身の依頼と許可でオッケーだし、メンバーも5人は必要だけど、掛け持ちかどうかは規定にないよ。主な活動場所の確保は必要だけど」

「ホントに? じゃあなんで堀川は、あんなことを言ったんだろ」

「さぁね」

「邪魔するつもり?」

 はーちゃんからしーちゃんの手に渡った何かの冊子は、ポンと元の位置に戻ってその棚の扉は閉じられる。

「つーかこのベルトなに? どうしたの?」

「めっちゃカッコイイ」

 あたしはいっちーと目を合わせ、ニッと微笑む。

「まぁね」

「小田っちからもらったんだ」

「いいね!」

「うん、いい!」

 はーとしーも一緒に笑う。

「頑張って」

「うまくいきますように!」

 新しい書類を手にしてしまえば、なんの問題ない。

小田っちを落とし込む計画も完璧だ。

あたしたちは廊下を猛ダッシュして、まっすぐに体育科倉庫へ向かう。

小田っちはやっぱり花壇の草むしりをしていた。

「先生! あたしたちの顧問になってください!」

 麦わら帽子のおじいちゃん先生は、くるりと振り返る。

「そりゃ知っとるぞ。確か顧問に国語の堀川先生がなっとったじゃろが」

「あたしたちは、先生に顧問になってほしいんです!」

 小田っちはじっとあたしたちを見つめる。

いっちーは真っ赤な顔をして、もじもじと秘密兵器を取り出した。

「あ、あの……これ。入部希望者のみんなから、やっぱり小田先生に顧問やってほしいって、寄せ書きしたんです」

 さっき購買部で買ってきたばかりの色紙だ。

名前を借りるついでに、こっちも書いてもらった。

製作時間正味15分の即席アイテム。

それを見た小田っちの顔がビシッと強ばる。

「先生、やっぱりみんな、小田先生がいいよねって」

「堀川先生も素敵なんですけど、いつもお世話になってる小田先生の方が、頼もしいかなって……」

「あ、あの……迷惑でしたか?」

 小田っちは動かない。

失敗だったか? 

そう思った瞬間、その頬に涙が流れた。

「……そうか。分かった。お前らがそんなに言うなら、ワシが顧問になっちゃる」

 しわしわの手で豪快に涙を拭う。

「しっかり頑張れよ!」

 やった! おだっちのピカピカ笑顔だ!

「はい!」

「全部書類が埋まったら、最後に持って来い。ワシがサインして提出しておくからな」

 笑顔で手を振られる。

あたしたちも思いっきり手を振った。

先生の姿が視界から消え、息を止めてワザと真っ赤にしていた顔から、ようやく深呼吸する。

「ちっ、やっぱ活動場所の確保まではしてくれないか」

「仕方ないね。ヘンに口出しされるよりかはマシだと思わないと」

 いっちーと目を合わせる。

勝負はこれからだ。
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