三次元はお断り!~推しが隣に住んでいまして~
3 現実(リアル)に侵食する
 ブラウザゲーム、「神凪(かんなぎ)の国」。

 人の心を惑わし唆す悪鬼と、(カンナギ)と呼ばれる選ばれた少年、青年たちが神をその身に下ろして戦うゲーム。
 プレイヤーは少年、青年たちと神の仲立ちをし、彼らの住まう神域で環境を整え、育成をする―――というゲームだ。

 要は育成シミュレーションみたいなものかな。戦闘もあるにはあるけど、ロープレ方式なのでそんなに難しくない。
 神固有の能力を組み合わせたり、心・技・体に分かれたパラメータそれぞれのレベルを上げたりしてキャラを育てていく。

 カンナギは神を降ろしたことで自分の名前や過去を忘れ、神との契約が切れるまで二人で一人状態になって暮らしている―――という設定。

 わたしはこのゲームが大好きだ。
 このゲームに出会って夢女子になった。

 色んな神絵師さんたちが個性豊かに描くキャラクターは美しいし、カンナギたちや神様たちはどこか影があってかっこいい。
 登場キャラクターは順次増えていってるけど、今のとこは52柱。タイトルと戦う少年達の呼ばれ方が同じなのには、何か意味があるのでは? と深読みされているが、今のところまだ、そこまでの設定は公開されていない。

 わたしの推しは迦具土と思兼。カグツチはパワータイプでオモイカネはクールな知略タイプ。レベルを上げると心醒、って呼ばれるクエストがあって、それをクリアするとレベル上限が上がるんだけど、この2キャラには愛と時間とお金とをそそぎまくって早々にカンストさせた。

 で。

 そのゲームが舞台化した。五年前。
 そしてその舞台化で、主役のカグツチに抜擢されたのが、当時頭角を現してきていた新進気鋭の若手俳優、小高累その人だった。―――






 涙がだばだば溢れる。

「カグツチぃ~……」

 前作で紅葉という「母」である鬼と出会い、自分が産まれたことで母たるイザナミ神を殺してしまった負い目を持つカグツチは、刀を振るうことが出来なくなる。
 そうして、吾がお前の母になろう、やり直しをさせてやろうという紅葉の誘いに揺れたカグツチは、仲間達から一人離れて敵の本拠地へ向かって行った―――というのが、今回のストーリー。

「えらいねぇカグツチ、頑張ったねえらいね……」

 さすがに大千穐楽のチケットはご用意されませんでした、ので、自宅でライブ配信を見ています。
 ちなみにわたしを舞台にハメた友人であるところのいつものオタ友、中嶋はちゃっかりチケットご用意されてた。くっそー……でもこれは仕方ないわたしに徳が足りなかった。

 舞台は今日も最高でした。

 わたし、今回の公演は一回目の東京公演で2回、今回の凱旋公演でも何とか3回現地に行けたんだけど、もうホント何度見ても同じ所で泣くし笑うし感動するし。
 胸がぎゅーってなる。ぎゅううううって引き絞られる。

「はぁ~……」

 大千穐楽のエンディング。
 歌いながらくるりと、戦闘服の上に羽織った打ち掛けの裾を翻して回る。カンナギたちは皆、軍服をベースにした様々な戦闘服を着ているんだけど、特別衣装でその上に華やかな色打ち掛けを羽織るんだよね。

 カグツチは黒と赤がメインカラー。
 さっきまで痛みを堪えたような、それでいて決意と覚悟に満ちた痛々しい顔をしていたのが、嘘のように晴れやかな笑みを浮かべている。

 三都市全48公演をやりきった、晴れ晴れしい姿。最高にかっこいい。

 一回三時間の公演を、48回だよ。昼夜2回公演だってあった。午後一時半から三時間やって、休憩なんかほんの二時間半しかなくて、そこからまた三時間。ぶっ続けで走って跳んで、叫んで歌って泣いて笑って。

 きつくない筈がない。
 しんどくない筈がない。

 それをやりきった累さんの顔は、ステージを照らすライトなんかよりももっとずっと、キラキラ光って見えた。

「うう~……」

 無理。
 しんどい。推しが凄すぎて大好きでしんどい。

 舞台の上のカグツチはものすごく一生懸命生きてた。悩んで、鬱屈もして、たまにいい加減それやめろやコラァ!! って背中蹴り飛ばしたくなる時もあったりして、つまりそのくらい、本当に舞台の上で「生きて」た。

 カグツチはいた。実在した。

 見てるわたしは本気でそう思った。そのくらい累さんは、「カグツチ」を生きてた。
 だからわたしは感動する。
 別人の人生を、二次元の、言ってしまえばそれぞれの頭の中にしかいない人物を、この現実世界で生きさせる。

 バックステージ番組を見たけど、練習とか、色々、すごいんだ。

 あの広い舞台の上で、敵味方入り交じって戦うための複雑な動き。三時間ほとんど喋りっぱなしのセリフの量。殺陣。
 そういうの全部頭に叩き込んで、だけどそんなもの見てるこっち側には全然感じさせないくらい、自然に「生きて」る。

 激しく走って跳んで駆け抜けた直後にとても静かな回想シーンがあったりして、そんな時でも息切れなんか許されない。

 それをかなえるための身体作り、体力作り。
 主要キャラは全員ずっと同じ俳優さんたちが演じてるんだけど、皆初演時の五年前は痩せてひょろひょろのいわゆるそこら辺にいそうな「ただのイケメン」さんたちだったのが、今は全員、バッキバキのアスリートみたいな筋肉を身に付けてる。

 すごいな。
 俳優さんってすごい。

 インタビューで綺麗な服着てかっこよく笑ってたり、グラビアでものっすごいイケメンにキメてたり、そういうのはただ、あーかっこいい、って思って終わりだけど。
 舞台の上、汗だくで、化粧もちょっと崩れ始めてて、でもその顔で晴れやかにアンコールに応えている姿を見ると、そういうの通り越して感動する。

 わたし、こんなに一生懸命生きてない。彼らの積み重ねた時間と努力がかっこいいな、美しいなって、胸が痛くなるくらいにこころが震える。

 だから舞台は凄いんだ。だから舞台に、夢中になるんだ。
―――だからその奇跡を与えてくれる俳優さんを、推しを、どこまでも応援したい。

 見つめていたい。出来るだけ、多くの姿を。
 そして勝手に励まされる。もう少し、もう少しって。
 推しだってあんなに頑張ってるんだから、わたしもあともう少しだけ頑張ろうって、そう思える。

 推しを推すのは多分、その気持ちをくれる恩返しとか、お礼とか、そういう気持ちもあって―――だから。

 そんなの、人それぞれだと思うけど。
 わたしにとって、推しって、そういう存在。

 二次元もおんなじ。
 その生き様に勝手に励まされて、心震わせて、それを支えに毎日生きてる。
 だから推しというのは、どれも尊くて、最高で、貴重な存在なのです。

「あ、やば。もうこんな時間」
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