ピアニスト令嬢とホテル王の御曹司の溺愛協奏曲
第一楽章 夢破れ、一夜の過ち
 ――なんで、なんで今なのよっ!

 ぐっと歯を食いしばりながら、必死に指を動かそうとする。
 何度も練習して体に馴染ませた旋律で、超絶技巧を要求される難曲ではあるものの、普通にやっていれば完璧に弾ききることは別に難しくないはずなのだ。
 ところが、正確にピアノの鍵盤を叩こうとすればするほど、指が変な方向に固まってしまって思い通りにならない。
 そのせいで、ピアノ協奏曲の優美な旋律の中に、一滴、また一滴と墨を落とすように不協和音が広がっていく。

 ……楽譜通りに正確に演奏することは基本中の基本で、どう表現していくかこそが演奏者の腕の見せ所であるはずなのに。
 その基本となるべき旋律が狂っていたのでは、全くもって話にならないというのに……!
 頭に入っている譜面とは異質な音が奏でられる様を、私は絶望的な気持ちで見つめることしか出来ない。
 意地で一応最後まで弾ききったものの、結果は目に見えていた。

 一条六花、二十五歳。
 ピアニスト人生をかけて挑んだ「ポール・クライン国際ピアノコンクール」の舞台で、私は惨敗を喫したのである。
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