偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
(心配……するよね)
大事にされている、とは思う。もちろん契約結婚で仮初めの妻なのだから、そこにあるのは愛情ではないだろう。響一があかりを傍に置いて大事に扱うのは、契約者として、同居人として、あかりに利用価値があるからに他ならない。
だからもしあかりが契約を続行できないとなれば、響一はこの関係をすぐにでも終わらせるかもしれない。新しくちゃんとした契約ができる人を見つけるかもしれない。
婚姻届けを提出して夫婦にはなったが、幸い結婚式の話は大きく進行していない。今ならまだ『性格が合わなかった』という理由で離婚することになっても影響はさほど大きくはない。
むしろイリヤホテルグループの御曹司である響一と平凡なサロン店員のあかりがお似合いだと思う人の方が少ないだろうから『やっぱりそうか』と思われる程度で終了するだろう。
(でも……)
しかしよく考えてみれば、あかりの前提条件が崩れたとしても、響一の望む契約の形には大きな影響がない。響一はあかりが『結婚話を退けるための存在』であり続けて契約を継続出来れば、相手の契約の理由が消失してもさほど問題ではないのだ。
だがあかりの事情は違う。契約条件が崩れ、当初の理由が完全に破綻しているにも関わらず、この契約関係を継続したいと言えば――無意味になった契約に縋りついてでもこの関係を続けたいと言えば。
響一に惹かれているからずっと傍にいたいと言えば……彼はどう思うのだろうか。
あかりの想いを煙たがるだろうか。
気持ちが悪いと思われるだろうか。
勝手にすればいいと無関心を貫くのだろうか。
もしそんな冷たい態度で突き放されてしまったら。
胸の中に芽吹いた想いを――いつの間にか響一に抱いていたこの恋心を、あかりはどうすればいいのだろうか。