偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない
「飯食ってないだろ? せっかくだから外に行くか。何が食いたい?」
エレベーターが上昇する小さな揺れを感じながら、夕食の話をする響一に『ええと』と小さく返事をする。けれどその瞬間、頭の中は別のことでいっぱいになった。
(そうだ……私……)
響一の横顔を見て、ふと重大なことに気付いてしまう。
数か月前から一緒に住むようになり、たまに身体を重ね、対外的には夫婦のふりをしつつも一定の距離を保ち、ここまで同居人として上手くやってきているこの人とは――
(――離婚、……)
しなければならない。
かもしれない。
何故ならあかりと響一は契約結婚だ。契約の始まりは『今の仕事を続けたいあかり』と『結婚話を退けたい響一』の利害関係が一致したから。
(そうだ、私……お仕事を続けたくて響一さんと契約したのに)
最初の出会いは偶然だった。だがあかりと響一はお互いがお互いにとって条件の良い相手だった。だから一見まったく釣り合っていないとわかっていたが、お互いを利用するつもりで結婚の契約を交わした。
はじまりは、そうだった。
「……あかり?」
数か月前のやりとりと今の自分が置かれている状況を交互に思い浮かべていると、響一から不思議そうに名前を呼ばれた。
その声にハッと我に返る。
「どうした? 熱でもあるか?」
「え……あ、ないですよ。大丈夫です!」
響一が心配そうな顔をするので、首を振って笑顔を作る。いつの間にか部屋のある目的階に到着していたので、先にエレベーターの外に出ていた響一の後を追う。
そして不思議そうな顔をしつつも並んで歩き出した響一の表情を盗み見て、いつの間にか乱れてしまった自分の『条件』を想う。