偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 無意識に緊張してしまう。身体がきゅうっと縮こまる。包丁を握る手が汗ばんで、そわそわと落ち着かなくなる。トクトクと甘だるい心臓の音が、響一の耳にも聞こえてしまうのではないかと不安になる。

「響一さん……近い、です……」
「……ああ、悪い」

 絞り出すような声で呟くと、重ねられた響一の右手が我に返ったようにピクリと動いた。そこからようやく左腕も外してあかりから離れてくれる。

 帰宅した響一はそのままダイニングルームにやってきたらしい。着替えどころかコートも脱いでいない彼は、あかりから離れると少し罰が悪そうな顔をして自分の部屋に消えていった。

 その後、あかりが食事の準備をしている間に入浴を済ませたらしい。次にダイニングルームに現れたとき、響一は上下黒の薄手のスウェットにグレーのカーディガンを羽織っていた。自宅にいるとよく目にする、彼のリラックススタイルだ。

「今日はハンバーグか」
「あ……ハンバーグ、嫌いですか?」
「いや? 普通に好きだぞ」

 今夜のごはんは温野菜を添えたハンバーグに、ライスとポタージュ。それからサラダ。

 時間はすでに十時を回っているが、時間は気にせず揃ってダイニングに向かい合う。特に言葉で確認して決めたわけではないが、最近は仕事が忙しく帰宅時間の遅い響一に合わせ、あかりも彼と一緒に食事を摂ることにしているのだ。

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