好きになったのが神様だった場合
#6【心から願うこと】



翌日の夕方、明香里は高校帰りに水天宮に寄り道をした、約束にときめくのか、いつもよりも早足になっていた。
鳥居をくぐって辺りを見回す。

「──いないか」

僅かながら期待していたが、やはりか、という気持ちのほうが大きかった。

(あーもう、バカバカ。連絡先聞くとか、今度は何時何分に逢おうとか、あったじゃん。なのにまたねだけで別れるって)

逢えないとなると様々な後悔が浮かんでくるが、昨日思いついた行動はそれが限度だったのだ。あまり積極的になって嫌われたくないと思った、軽い女と思われて適当に扱われたくもないと思った、などと言い訳してみる。

はあ、と大きなため息が漏れた。

(せめて、何処に住んでるのかくらい、聞けばよかった……)

逢えたのはまた夏祭りの夜だった。もしかしたら実は遠くに住んでいて、たまたまあの日に合わせて帰って来ているだけなのかもしれない。
答えのない推理を脳内で繰り返しながら、明香里はいつものように賽銭箱の前で手を合わせる。

「また、会えるよね」

小さな願いを口にした。その目の前に、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)はいる。

「明香里」

声を掛けるが、明香里は社を見上げているだけだ。

「やれ。どうしたら顕現できるのか」

明香里と視線すら合わない、やがて明香里は小さな溜息を吐き、背を向ける。

「明香里」

やっと知った愛しい人の名前を何度も呼んだ、返事がないのがなんとも淋しかった。

「昨夜は楽しかったな、明香里。お前もか?」

楽しさを感じた後だけに、余計に落胆は大きい。


***


翌日も明香里はやってきた。
それを天之御中主神は厨子から見ていた。淋しげな顔で祈る姿を。

「──狐」

今日も社の隅にいる狐を呼ぶ、だが狐は警戒し、顔を上げただけで寄ってはこない。

「これを、明香里に届けてはくれぬか」

厨子の奥からふわりと現れたのは、風鈴を模した(かんざし)だった。
それを見た狐は、さすがに身を起こした。

「よろしいのですか、それは天之御中主神さまの大切な物では」
「──よい。明香里に返す」

明香里は落とした事を覚えているだろうか。覚えているのなら、これを見れば自分がずっと見ていたとわかってもらえると思った、そしてこれからも見守り続ける事も。
狐は戸惑いつつも、神使の役目を果たそうと思ったのか立ち上がると床に落ちた簪を口に咥える。
社の床を静かに歩き、戸に前脚を掛けそっと開くと回廊に立つ。
その姿を、明香里は見つけた。

「あ、あの犬……」

(犬ではいない!)

狐は心の中で怒る。
明香里はすぐに気が付いた、狐が簪を咥えている。

「……それは……!」

落したことを母に言えなかったのだ、10年前の例大祭で落とした物だ。なぜそれがここに──一瞬でその問いの答えは出る。あの男──天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)が持ってくれていたのだと。
笑顔になった明香里の足元に狐は駆け寄った、明香里はしゃがみ込んで狐の頭を撫でる。

「──やっぱり君は、あの人のとこの子なのね」

狐は答えず鼻先で明香里の腕をつつく、早く簪を取ってくれと思う。

天之(あめの)くんは、今どこに?」

答えられるはずが無い、狐はただ明香里の目を見つめた。
明香里に狐の心が読めるわけではないが、それでも狐が簪を持ってきた意味は、なんとなく理解できた。

「──逢えない、って事だね」

狐は僅かに頷いた、明香里は唇を噛む。わかってはいたが、断言されればやはりつらい。

「……これは、天之(あめの)くんに持っていて欲しい」

狐は首を傾げて問いかけた。

「ちょっと待ってね」

明香里は石段に腰掛けると、鞄から筆箱とレポート用紙を取り出した。膝の上で数十秒で手紙を書き縦長に折ると、今度は狐を膝に乗せる。
差し出した明香里の手に簪を乗せ、狐はさっさと逃げようとしたが。

「待って、行かないで」

すぐさま明香里は捕まえる、狐を腕と足で固定したまま、簪にレポート用紙を結び付け、再び狐の口元に差し出す。

(えええ?)

狐は不服そうに明香里を見上げた。

「お願い、これを天之(あめの)くんに届けて」

狐は少しの間明香里と簪を交互に見たが、仕方なしにそれを咥えた、明香里は今一度抱き締める。

「ありがとう、逢いに来てくれて。あの人にも伝えて」
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