極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
 このあと予定している新規事業の準備のためだ。束の間のバカンスとでも思えばいいのか、次にアメリカに渡るときは、ラグエル ジャパンの後継者として本腰を入れないとならない。

 マンションを用意したのは実家と程よい距離を取りたかったからだ。父は俺に対し、息子というより後継者として厳しく接していたのもあった。

「杉井電産の社長は、なかなか強情だな。もったいない」

 ある日、父と役員の何名かと食事をする機会があったとき、杉井電産の話題が上がった。

「あんなに素晴らしい技術があるのに、取引先は昔から付き合いのある国内企業のみ。他社と提携して事業を拡大することもしないらしい」

「義理堅いとでも言うのか」

 何年も前から業務提携の話を持ちかけているが、杉井社長はけっして首を縦に振らないらしい。良くも悪くもワンマンで、昔からのやり方を踏襲し続けている。

 しかし今の時代にそのやり方では先細りするだけだ。それがわからないほど愚かではないだろう。

「なんとか別の方法を考えるか。たとえば奥様の方から先に説得するとか」

 名案だと言わんばかりの提案に、他の役員の面持ちが沈む。

「奥方は十年以上前に亡くなっているらしい。娘さんがひとりいるそうだ」

「なら、娘さん経由でアプローチか」

 冗談交じりの切り返しがあったところで杉井電産に関する話題は終了した。その後はあっさり別の話になったが、どういうわけか、最後のやりとりが俺の頭を離れない。
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