sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜

3.過去

2年前ーー


「元気か? 友哉」

「何だよ、兄貴が電話してくるなんて珍しいな」

「そう言うなよ。親父に、ケーキのこと聞いたか?」

「ああ、来週帰るよ」

「頼むな。美紀(みき)が、どうしてもウエディングケーキは友哉に頼みたいって言うもんだから」

「それはどうも。本店だとやりにくいから、式の前日まで支店にこもって作るよ」


日本に帰るのは、半年ぶりだろうか・・・。
俺は羽田に向かう飛行機の窓から、ぼんやり外をながめていた。

親父に頼まれ、親父の親友がパリに出している店で、半年前からケーキの担当をしていた。

少し前に親父から、兄貴の結婚式があるから帰って来いと電話があった。
またすぐパリに戻る予定で、10日ほどの滞在だろうか。


「友哉!」


昼過ぎに羽田に着き、兄貴が到着ロビーで俺を迎えてくれた。


「久しぶり・・・」

「疲れたろ。家に直行でいいか?」

「あー、うん。ひとまず帰って寝るわ」

「メシは?」

「後で何か食うよ」


家まで送ってもらい、そのままベッドに直行した。
5時間ほど寝てシャワーを浴び、バスルームを出たところで母親に出くわした。


「あら友哉、久しぶりね。元気にしてた?」

「ああ」

「夕飯は? 何か食べる?」

「いや、これから支店の厨房でケーキ作るから、途中で何か買うよ」


必要なものを車に積み込み、支店に向かった。
まずはざっと冷蔵庫を確認して、足りないものが無いかを確かめた。


「バターだけ、追加してもらえば問題無さそうだな・・・」


冷蔵庫のあるフロアから、店長のいる事務所に向かおうと階段を降りると、店舗の裏にある厨房のドアが開いていて、人影が見えた。


「閉店後なのに、追加の注文か?」


不思議に思いながら中をのぞくと、手元のノートをめくりながら、熱心に生地を混ぜている女性スタッフがいた。

見覚えが無いな・・・。
俺がパリにいる間に入ったんだろうか。


「友哉くん」


後ろから、店長の声がした。


「ああ、高橋さん。お久しぶりです」

「社長から聞いてるよ。兄貴の嫁さんにウエディングケーキを頼まれたって」

「そうなんですよ。1週間、冷蔵庫のフロアお借りします。このメモのバターだけ、追加で手配お願いできますか?」


あの女性スタッフ・・・店長と俺の話し声にも全く反応しないな。
挨拶ぐらい、しても良さそうなのに。

俺の視線の先を見て、店長が苦笑した。


「あの子・・・酒井さん、集中してると周りが見えないんだよ。でも、彼女は焼き菓子が上手でね。基本がちゃんとできてる」

「へぇ・・・店長が褒めるなんて珍しいですね」

「そうか? さて、コーヒーでも淹れようか。友哉くんはブラックだっけ?」

「あ、ミルクもらえますか?」

「オーケー。酒井さんと一緒だな」

「彼女・・・追加の注文でもあるんですか?」

「ああ、もうすぐフェアがあるだろ? 試作品を作らせて欲しいって、毎晩遅くまで店にいるんだよ」


確かに横顔が真剣だ。
歳は・・・35の俺より少し下だろうか。


「友哉くん、コーヒー入ったよ。そうそう、これ酒井さんが焼いたガレット。良かったら」

「はい」


ひと口食べて、店長が褒めるのを納得した。
パイ生地が格段に美味い。


「酒井さん・・・か」


結局、彼女は俺に気付かないままだった。
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