高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


「そんなの、変です」

私の言葉に、触れる直前で手を止めた上条さんが「変?」と眉を寄せる。

「はい。だって、今の言い方だと、まるで上条さんが私を好きみたいに聞こえる。……だから、変です」

警告音みたいにドコドコと鳴る心臓がうるさい。
いつか上条さんは私が恋愛下手だと言ったけれど、私は駆け引きができないというだけで、勘が鈍いわけではない。

接している時間のなかで、目の前にいる人が私に好意を持っているかどうかくらいはわかるし……それが〝異性として〟かどうかだって、確信までは至らないにしても、なんとなくなら気付ける。

だから、今、上条さんが私に向けるまなざしに乗った想いも感じとっていた。

でも、そんなのはきっと私のうぬぼれだと、尚も送られてくる視線から目を逸らす。

お願いだから否定してほしいと願う私に、上条さんはじっくりと時間をとったあと、告げた。

「おまえがそう思ったなら、そうなんだろ。おまえが好きだから、他の男と親しくしているのが気に入らない。誰よりも俺が一番おまえのことを知っていたいと思うってだけだ。だから、変ではない」

十秒ほどの沈黙のあと、「なんで……」という言葉がこぼれ落ちる。
上条さんではなく、自分自身への疑問だった。


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