高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


「緑川から聞いた。仕事での人間関係が大変そうだと。それに、さっきの男も電話で言ってただろ。それなのに、俺の前ではおまえは笑うだけで、なにも言わない」

やや不貞腐れたようにも見える上条さんに想像もしていなかったことを言われ、拍子抜けしながらも口を開く。

「後藤にはたしかに普段から色々聞いてもらってますけど、緑川さんにはたまたま会ってそんな話になっただけです。それに、上条さんは愚痴とか弱音は無駄な時間だって言ってましたし……」
「俺にとってはそうだ」
「ですよね。だから……」
「でも、おまえにとってはそうじゃないんだろ?」

はっきりとした声で問われ、思わず黙る。
上条さんは、そんな私をじっと見て続けた。

「そういった時間が、おまえが息を抜くために必要なら、俺だって別に無駄だとは思わない」

暗い夜空の下、一歩近づいた彼が、私を見つめる。
その瞳に熱がこもっている気がして、心臓がドクッと大きく鳴った。

「だから、なんでも俺に話せばいい。さっきの男も緑川も知っていることを、俺だけが知らないのは気に入らない」

視線が重なったまま少しの時間が経ったあと、上条さんがゆっくりと手を伸ばす。
その手が私の頬に触れそうになったところで口を開いた。

< 136 / 213 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop