やわく、制服で隠して。

「まふゆー。そろそろお暇するぞ。」

玄関のほうから、パパが私を呼んだ。
深春のお母さんから受け取った紙をポケットに入れて、会釈をしてから洗面所を出た。

パパがもう靴を履いて私を待っていた。
深春にまたねって言って、靴を履き替えた。

「では、今回は本当に申し訳ございませんでした。今後ともどうぞ宜しくお願いします。」

「もちろんです。まふゆちゃん、また遊びにおいで。」

「はい。ありがとうございます。」

深春に手を振って、玄関を出た。
ここに来てから二時間くらい過ぎていた。

深春の親は、どうして私にこんなに良くしてくれるのだろう。
私の話を深春から聞いているから？
深春の“親友”だから？

私はママに話してしまったけれど、パパにも、深春の親達にも、私達のことは秘密だ。
知ればどんな顔をするだろう。
ママのように、私達を拒絶してしまうのかな。

大切な人との関係に引け目を感じなければいけないことは、何よりも苦しい。
ママの中で認められなくても受け入れられなくてもせめて“許して“欲しかった。

自分には理解出来ないと言うのならそれでも構わない。
ただそういう人も居るんだと存在を許されるだけで十分だったのに。

「ママ、もうさすがに起きてるよね。」

「どうだろうなぁ。」

歩きながら、パパはずっと空を見上げていた。
今日はよく晴れている。
私は眩しくて俯いたまま、ずっとアスファルトを見続けていた。

いつの間にこんなに蝉の合唱がうるさくなったのだろう。
夏がとっくに始まっていて、でもそれにも気付いていなかった。
蝉がこんなにも、短い命を叫んでいるのに。

ポケットに手を入れたら、カサッと指に当たる物があった。
深春のお母さんから受け取ったあの紙だ。

あの時、深春には言わないほうがいいような気がして黙っていたけれど、やっぱり話そうと思った。

深春のお母さんには悪いけれど、深春に隠し事なんてしたくなかったし、お母さんの様子もおかしかった。

家に帰って、ママが起きていたら何気ない顔でさっさと渡してしまって、私は部屋で深春にメッセージでも送ろう。

明日も日曜日だし、明後日学校に行けば、みっちりと先生からのお説教が待っているんだろうから、それまではゆっくりしていよう。

夏休みはすぐそこ。
一日一日、夏が過ぎていく。
蝉の命が終わっていく。

深春への想いは日に日に高まっていった。