孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
その日の業務を終え、ナースステーションのテーブルに着いて、最後の記録をしていると。


「よっ」


私の向かい側に座っていた操がノートパソコンを閉じ、掛け声と共に立ち上がった。


「じゃ、私、先に帰るわ」


それを聞いて、私もパソコンモニターから顔を上げる。


「うん。お疲れ様」


操はひょいと荷物を肩にかけて、テーブル越しに身を乗り出してきた。


「霞も早く帰って、しっかり休みなさいよ~。明日は朝から九時間の長丁場なんだから」


ビシッと人差し指を突きつけられ、私は思わず背を反らした。
そして、眉尻を下げてヘラッと笑う。


「もちろん。寝不足だなんて、目も当てられない」


操は、うんうんと頷いた。
「じゃあね~」と軽い調子で手をヒラヒラさせて、ナースステーションから出ていった。
彼女の背中が見えなくなるまで見送って、私は肩を動かして「ふう」と息を吐いた。


古い壁時計を見上げると、針は午後七時を指している。
あと十四時間後には、オペが始まる――。
時間を意識した途端に心臓がドクッと沸き、慌てて時計から視線を外した。


――どうしよう。緊張してる……。
今朝までは全然大丈夫だったのに、ここに来て落ち着かない自分を自覚して、無駄に辺りを見回した。
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