孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
こんな時に限って、ナースステーションには私一人だ。
大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせて、深呼吸をする。


一色先生にも霧生君にも、『いつも通りで』と言われた。
クリッピング術も脳腫瘍摘出術も、単独なら今までに何度も経験した。
それが同時進行になるだけ。
オペの流れも使う器具も熟知してるし、扱い方に至っては身体が覚えている。


緊張することない。
同時に二つのオペの外回りという大変な任に就く操が平常心でいるんだから、私だって――。


「……おさらいしとくか」


地味に強い拍動を続ける鼓動から意識を逸らそうと、口に出して言いながら立ち上がった。
ナースステーションを出て、誰もいない第四手術室にやって来た。
出入口から一メートルほど、赤いラインの向こう側は清潔区域なので、ガウンを着ていない今は入れない。


オペ室中央に置かれた手術台をジッと見つめて、私は大きく胸を開いて息を吸い込んだ。
固く目を閉じ、明日の暫定スケジュールを脳裏に浮かべる。


午前九時、一色先生が執刀を開始する。
最初に要求されるのはメス。
動脈瘤も腫瘍も前脳部分にあるため、前頭部を冠状に大きく切開する。
続いてパイポーラ、ラスパ。
そしてドリル。
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