契約夫婦を解消したはずなのに、凄腕パイロットは私を捕らえて離さない
「それではお客様に安全なフライトと快適な空の旅をお楽しみいただけるよう、よろしくお願いします」

 館野キャプテンの締めの挨拶でブリーフィングは終了となり、各自の持ち場へと移動してお客様を迎え入れる準備に入る。

 私も持ち場に向かおうとしたとき、「はじめまして」と声をかけてきたのは、微笑んだだけで先輩たちの心を奪った彼。

 はじめまして? それは本心で言っているのだろうか。それとも忘れている? 五年前、たったの三ヶ月間だったけれど妻だった私のことを――。

** *

 高校三年生の夏。机に向かって勉強をしていると、キッチンのほうからガラスの割れる音が聞こえた。

「どうして酒がねぇんだよ! あいつ、帰ってきたらタダじゃおかねぇ……!」

 朝からずっと飲んでいるくせに、それでも飲み足りない父は働きに出ている母に対して相当怒っている様子だ。

 こっちにまで火の粉が飛んでこないことを祈りながら息を潜め、急いで母に父が酔って機嫌が悪いから帰ってこないほうがいいとメッセージを送った。

 私、夏目(なつめ)凪咲(なぎさ)の父は三年前までは小さいながらも建築関係の会社を経営していた。真面目で優しい性格の父を慕う従業員も多く、私は両親とともに平凡だけど幸せな毎日を送っていた。
< 2 / 236 >

この作品をシェア

pagetop