ご近所の平和を守るため、夫のアレが欲しいんです!
2. それ
 翌日の朝、慶一さんが会社に行くのを玄関先まで見送ると、大急ぎで洗濯物を干して、自分も身支度をした。私もパートの出勤だ。今日はちょっと寄りたいところがあるから、いつもより一時間ほど早くに出る予定。

 もともと夫とは、同じ会社で知り合った。いわゆる社内恋愛だ。でも結婚を機に私は会社を辞め、今は実家の家業である神社で事務員のパートをやっている。都会の片隅で、ひっそりと地元の住民の皆様に寄り添っている、家族経営の小さな神社。学生の頃はバイト巫女さんをやっていたけれど、あれは未婚女性しかなれないため、既婚の私は今はただの事務員さんだ。

 と、一般人であることを心の中で強調しつつ、ただの事務員には必要のない神社グッズをバッグに忍ばせ、靴を履く。今日の選択はスニーカー。企業のOLしていた時に比べて、ずいぶん気軽な格好になりました。そういえば慶一さんと付き合いはじめの頃は、ネイルとか結構凝っていたんだよなぁ、私。

 そんな取り止めのないことを考えていたら、背後でフンフンと鼻息が聞こえた。慌てて振り返ると、黒い犬が座っている。

「おいで、クロ。出掛けるよ」

 そう声をかけると、待ってましたとばかりに寄って来た。

 この子はワンコ。いや、正確にいうと、神使(しんし)。うちの神社の神様のお使いだ。黒毛のシベリアンハスキーみたいな感じで、見ようによっては狼っぽく見えないこともない。私が物心つく前からそばにいて、普通にいるから普通にクロと名前を付けて呼んでいた。でも、私が大きくなるにつれてクロの姿がぼやける様になって、小学校に上がる頃には気配しか分からなくなってなってしまった。クロの姿が見えなくなったのが寂しくて、泣きながら祖母に訴えて、その時初めてクロが本来見えてはいけない存在なんだって知ったんだ。

「名付けまでしたのかい」

 私の訴えを聞いて、祖母は一瞬絶句していたっけ。

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