白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!
第一章

プロローグ

ヴェレス王国の公爵家の一つであるアクスウィス公爵家。

この国では、結婚は貴族なら14歳からできる。若く結婚しても、すぐに跡取り問題には突入しないけど、家と家の繋がりには問題ない。貴族同士の結婚は家と家の繋がりを強化するには有効だから……。特に格差結婚なら、子供が結婚したのだから……と資金援助も受けやすい。
我が家も、援助が目的のための結婚で、一人娘の私が結婚を余儀なくされた。

そして、私は14歳で18歳の夫と結婚した。

アクスウィス公爵邸に着くと、アクスウィス公爵にその隣には金髪の男性、そして使用人がずらりと並んでいた。馬車を降りると、お父様に続いてアクスウィス公爵に挨拶をして、夫となるフィルベルド様が私の前にいた。

あまりに大きな邸に使用人の数に圧倒されて、少しだけ視線を周りにずらした。

本当に、私はこんな立派な家の方と結婚するのだろうか……。

裕福でもないただの子爵令嬢で、しかもまだ14歳だから妻の役割なんて果たせない。

「初めまして、ディアナ嬢。フィルベルド・アクスウィスです」
「は、はい……」

夫となるのは、フィルベルド・アクスウィス次期公爵様。

そのフィルベルド様が私に挨拶をして来てハッとし、すぐに手を出した。その手を取りフィルベルド様はそっと唇を落とした。

背の低い私の手をとり、少しだけかがんだフィルベルド様を見ると、遠くから見るより頭のサラサラ金髪が光って眩しい。

そして、顔を上げた夫となるフィルベルド様とお互いに見た。

結婚のために初めてお会いした夫は、ニコリともしない金髪碧眼の見目麗しい方だった。

そのまま、アクスウィス公爵家の広い書斎部屋に案内されて、書斎のテーブルのソファーに向かい合って座り、ちらりと見ると冷めた碧眼の眼と目が合った。
透き通るような碧眼だけど、落ち着き払った様子に、この結婚が白い結婚だと予感させた。

お父様たちは、私とフィルベルド様が座っているソファーとは違う書斎の一人掛けのソファーに座り込み軽快に話している。
お父様は、アクスウィス公爵家から結婚の条件として援助をしていただけるから、ご機嫌そのものだったし、意外にもアクスウィス公爵様も結婚には賛成なのか、ご機嫌な様子だった。

「フィルベルド。ディアナ嬢に庭でも案内してやりなさい」
「……はい」

アクスウィス公爵様が、私とフィルベルド様の静寂の空気を読んだのかそう言うと、つまらなそうに返事をしたフィルベルド様は立ち上がり、それに合わすように私も立ち上がった。

「……こちらに」
「はい……」

フィルベルド様の後ろをついて行き、柔らかい風の吹く緑の芝生を歩いているとだんだんといい匂いがしてくる。その先には美しい庭園があった。
バラのアーチをくぐると、赤やピンクに白にと咲いている大輪のバラから、ポンポンと咲き乱れているバラの垣根に目を引いた。

____綺麗。

足が自然と止まり、思わず笑みがこぼれた。

「……ディアナ」
「は、はい。なんでしょうか?」

不意に名前を呼ばれて驚いた。

「俺は、しばらく仕事でこの邸には帰らない。あとでお父上からも聞くと思うが……だから、結婚と言っても君とは住めない。どうしても、この邸に住みたいなら許可はするが、まだ君は若いからお父上のいる実家にいるのがいいだろう」

冷たくそう言い放つフィルベルド様。結婚しても一緒にも住めない夫に、何のために結婚するのか不思議だった。

「お仕事ですか……」
「そうだ」
「そうですか。大変ですね……でもお仕事なら仕方ありません。私は、実家にいることにします。決してお邪魔しませんので、どうぞ頑張ってください」
「………………」

お仕事なら仕方ないと思うと、行かないでくださいなんて発想はなかった。
そもそも私とフィルベルド様は恋愛結婚ではないし……結婚して一緒に住めないのは、嫌われているかな? とも思わないでもないけど。

そう思うと、頑張ってくださいとしか言いようがない私を見て、眉間にシワを寄せていた顔が少しだけ緩み無言になるフィルベルド様。
でも、笑っている緩みじゃない。
呪いでもかけられているのかと思うほど、冷たい表情は変わらない。

その顔が怖くて、側にある大輪のバラに目を移した。この怖い顔を見るよりも絶対にこっちの綺麗なバラを見ている方がいい。

どのみち結婚しても、私は14歳だから妻の役割は果たせないし、お父様からすれば援助目的だから入籍さえしていればいいんだ……そう思うと、夫に期待するものはなかった。

「ディアナ」
「なんでしょうか?」

綺麗な赤いバラに手を伸ばしていると、落ち着いた声で名前を呼ばれて少しだけ顔を向けた。
目の前には、フィルベルド様がハンカチを差し出していた。

「……いいのですか?」
「結婚したのだから……その……」

この国では、結婚相手に家紋入りのハンカチを贈る風習がある。家紋入りだけじゃなくて、お相手のイニシャルも一緒に刺繡したものを渡す方もいる。

フィルベルド様も、一応は私が結婚相手だとは思っているらしいけど……この家紋入りのハンカチを渡す時まで、無表情とは……。
でも、義務は果たそうとしてくれているのかもしれない。

「ありがとうございます。大事にしますね」
「そうか……」

フィルベルド様の手から受け取ると白いハンカチにレースをあしらっており、品の良いハンカチだった。もちろんアクスウィス公爵家の家紋はバッチリ入っている。

でも、本当なら妻になる私も夫になるフィルベルド様にハンカチを渡さないといけないけど、急な結婚の上に白い結婚だと思ったから、刺繡をしてないどころかハンカチ自体準備をしてない。
頂いてから刺繡をして渡すことも普通にあるけど、フィルベルド様とは一緒に住むどころか、邸には帰って来ないと言う。彼とはしばらく会えないのだ。
フィルベルド様は、義務とはいえ妻となった私にハンカチを準備していたのに……。
そう思うと、申し訳なくなる。

「すみません……急なことで、ハンカチを準備してないのです……次はいつお会いできるかわからないですけど、今度お会い出来たらお渡ししますね。その時までに、必ずハンカチを準備しておきます」
「そうか……」

ハンカチを握りしめて、フィルベルド様の顔を頑張って見てそう言うと、彼の眉間のシワはいつの間にかなくなっていた。

そして、この日から私とフィルベルド様は6年間も会うことはなかった。








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