秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 大粒でも品を失わないダイヤモンドは、高潔な彼女にぴったりの宝石だ。美しい薬指にシンプルなソリティアのリングが輝くところを想像して、気の早い自分に苦笑を漏らす。
(だが、清香が俺と歩む決意をしてくれるのなら、そのときは――)
 正式にプロポーズをしたいと思っていた。彼女も彼女の大切なものも、すべてを懸けて守るつもりだ。

 志弦はカフェの入口に目を走らせる。約束の時刻が近づいているが、清香はまだ姿を見せない。絶対に現れると確信しているわけではなかった。清香は仕事が大好きなのだろうし、真面目な子だから家族や画廊に対しての責任も捨てきれないだろう。
(けれど、半分よりは分があるはず。そう思うのは、うぬぼれだろうか)

 祈るような気持ちで、彼女を待つ。
 緊張しているときは、時間の経過がいやに遅く感じられる。約束の時刻より、五分前、三分前、ジャスト。
 そして、約束の時間から三十分後。
 すっかり冷めきってしまったコーヒーをひと口飲んで、志弦は細く息を吐く。
(うぬぼれだったか……)

 未練を『念のため』という言葉でごまかして、カフェの周囲や出発ターミナルを歩き回った。それでも、彼女の姿はどこにもない。一応、渡した航空券の裏に連絡先を記載しておいたのだが、気がついていないのだろうか。それとも、連絡がないのが彼女の答えなのか。
 後ろ髪を引かれる思いを抱えたまま、志弦は日本を発った。
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