秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
「俺は君を嫌っているわけではない。まぁ白状すると、君があの夜を〝火遊び〟と言ったことには、少なからずショックを受けたが」
 清香は弾かれたように顔をあげる。下唇をかんで、あふれそうになる思いをこらえた。
『火遊びなんかじゃない。ずっと、ずっと憧れていた。好きだったからだ』
 本当はそう正直に伝えたい……けれど、義兄になるかもしれない人に告白なんてして、なにになるのだ。志弦を困らせてしまうだけ。

 志弦は真摯な声で話を続ける。
「純粋に君のために話している。大河内家は金はあるが、それだけだ。この家は君を幸せにしない。君自身のために……ここを出ていくべきだ」
 惑うように揺れる清香の瞳を、彼はじっと見つめている。
「金目当ての浅はかな女。そう思い込もうとしたが、おそらく君は違う。どうしてここにいるんだ?」

 まっすぐな眼差しに嘘はつけなかった。正直に榛名画廊の惨状を彼に明かす。
「大河内家からの援助が途絶えれば、倒産してしまうんです。情けない話ですが、もう榛名家の力ではどうすることもできなくて」
『芸術なんてものは今も昔もパトロンありき。そういう世界なんだよ』
 そんな言葉で経営努力を放棄した父、そして、それをいさめられなかった自分の力不足だ。自嘲するような笑みを彼に向ける。

「私は……財産だけが目当ての浅はかな女です。違うと言ってくれたあなたの言葉を裏切って、本当に申し訳ありません」
 肩を震わせて、ゆっくりと頭をさげる。
 長い沈黙が流れたあとで、志弦は静かに口を開いた。
「昴に連絡を取ってみる。君となら……あいつも変わるかもしれない」

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