ぼくらは薔薇を愛でる

初めての

 クラレットは10歳になった。母を亡くしたことも、親戚と縁が無い理由も、詳しく聞いたことはないが、なんとなく理解はできていた。物心つく頃にはたくさんの大人に囲まれていたから、親戚付き合いが全くない事など寂しいとも思ったことはなかった。

 父が仕事で長いこと家を空ける時は、母親のいない事が寂しくもあった。だから数日なら領地のカーマインにある別邸へ行くことが多かった。
 別邸には、母と共にバーガンディ家へやってきた侍女マリアとその夫がおり、彼らが邸の管理をしてくれていて、そこへ行けば、まるで本物の孫のように可愛がってくれた。ダメな時は叱ってくれるし、寂しくて泣いていたりすれば抱きしめてくれる。眠れない夜は本を読んでくれ、色々な話をしてくれた。クラレットにとって何よりも大きかったのは、マリアが没落した貴族の令嬢だったから、令嬢としての最低限のマナーを教えてもらう事だった。本来なら母親や専用の教師から学ぶが、クラレットはそのほとんどをマリアから教わった。

 カーマインの街でもクラレットの事は皆が見守ってくれていて、領主の一人娘だと言うことで、街に来るときは自警団が遠巻きに警護してくれた。治安は良いほうだが、カーマインには小さいながらも港がある。着く船にはならず者が密航している時もあり、領主の一人娘はカッコウの餌食だった。誘拐された事はないものの、クラレットが領地に居る時の不審者目撃情報は耳にする。駐屯している衛士隊に加え街独自でも自警団を設立してクラレットをみんなで守ってくれていた。

 ある日の夕食時、父から提案があった。

「来週からローシェンナに行く」
 クラレットはいつものように自分はカーマインへ行くのだと思っていたら今回は違った。

「あちらには皮膚科の名医が居るそうだ、お前の痣を一度診ていただこうと思う。既に診療予約の申し込みはしたから、今回はお前も連れて行くぞ」
 仕事仲間から、ローシェンナに良い皮膚科医がいると教えてもらったと話す父。先天的なクラレットのこの痣を治す手立てがあるのなら、綺麗な肌にしてやりたい。

「ローシェンナはウィスタリアよりも古くて大きな国だ。滞在する街スプリンググリーンも建国当時からある古い街で、花のたくさん咲く温暖なところだよ」
「花が? 楽しみ! 裁縫箱も持っていっていい?」
 皮膚科を受診する、と聞いて、やや緊張したクラレットだが、花が咲いていると聞いて表情を和らげた。

「ああ、そうしなさい。父は皮膚科が終わったら出かけねばならんから、時間潰しができるよう持って行くといい。必要な物はあちらで買ってもいいしな」

 こうしてクラレットにとって初めてのローシェンナ行きが決まった。
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