ぼくらは薔薇を愛でる
 己らの、幼い子供に対する非人道的な振る舞いに心当たりがあり罪悪感が生じているのか、大叔父以外はオーキッドから視線を逸らした。

「侯爵位はどうするのだ」
 少しの沈黙の後に、大叔父がようやく口を開いた。

「ご心配には及びません、あなた方にはもう関係がございませんからご安心ください。ああ、一つ言えるのは、あなた方の知り合い縁者と婚姻を結ぶ気は更々無い、ということだけです」
 勢いよく立ち上がった大叔父は顔を真っ赤にして言った。

「これまで目をかけてやった恩を忘れたのか! 親を亡くしたお前を支えたのは誰だ!」
 オーキッドはフッと小さく笑いを漏らした。何を言っているかわかっているのだろうか。目をかけてやった、と言うが、ただ金の無心に来ていただけではないか。ましてや『恩』など受けた事はあっただろうか。
 両親が不慮の事故で亡くなり、憔悴するオーキッドを側で支えたのはアザレであり、葬式や貴族院での手続きで尽力し奔走してくれたのはアザレの実家の方々と貴族院の方々だった。日常生活を送れるように心を配って暮らしを整えてくれていたのは使用人達だし、領地運営の事で教えてくれたのは別邸の使用人達、オーキッドを元気付けようといつも通りに振る舞ってくれ勇気づけてくれたのは領地の民達だ。

 大叔父達は何をしていたか。亡くなった両親の部屋を漁っていただけではないか。母が大事にしていたネックレスだけは執事に言って避けておいてもらったが、父の愛用していた懐中時計、代々使ってきた万年筆や母のアクセサリーのほとんどは、大叔父夫妻が持ち出していた。賭博に耽り、俺はバーガンディ侯爵の後見人だ、などと吹聴しては借金を重ね、返済に困れば金の無心に来ていただけだ。これのどこに感じるべき『恩』があるというのだろうか。

「両親を亡くした時、寄り添い支えてくれたのは、アザレです。アザレの兄上夫妻と実家の方々、それから我が家の使用人達と領地の民、貴族院の方々です。――あなた方には、返すべき恩は何一つない」

「こんなこと許されるはずがないわ!」
 自分の遠縁の娘を後添えにと企んでいた大叔父の妻が金切り声をあげる。
「……誰が、どの立場で、何を、許さないのでしょう? お教え願えますか、大叔母様」
言葉に詰まる妻。

 ここまで言って、入口に待機していた執事に目配せをする。執事は軽く頷いて広間の扉を開け放った。
「皆様がお帰りになられるからと従者の皆さんへ伝えてください」
 彼女達は親戚連中の従者の待機所へ向かった。

「一つ忘れていました。大事なことです。これまでお貸ししたお金の返済はしていただかなくて結構です。ですが今後は一文たりともお貸し致しませんし、この屋敷、領地、私たち親子、アザレの実家の皆様、それから使用人達、我が家に出入りする商人達に近づかないでいただきたい。もし近づいているのを見た場合は然るべきところへ通報致します」
「そこまでワシらが憎いか! そこまで言われるようなことをしたのか!」
 眉を吊り上げ詰め寄られても動じず静かに告げる。
「ええ。一刻も早くこの屋敷から出て行って欲しいくらいに」

 翌日、オーキッドは朝一番で貴族院へ出向いて必要な手続きをした。受領はしてもらえた。三日間の掲示期間を経て、異論異議が申し立てられなければ絶縁は成立し、法的にも縁が切れる。
 彼らは異議申し立てなどしないだろうと思った。もし申し立てをすれば、誰が何の理由で申し立てをしたかが明記された書類の掲示がある。貴族院は日々さまざまな理由で訪れる貴族が多く、彼らは掲示板には必ず目を通す。『甥の怒りを買ったけれど金が欲しいから異議あり』と申し立てるのは恥の上塗りに他ならず、見栄っ張りで貴族だからと威張り散らすだけしか能のない彼らはしないだろう。オーキッドは思った。

 跡取りについては、クラレットが嫁いだタイミングで爵位を返上する事を考えていた。まだ何年も先の話だが、もし婿に来てくれる話ならばそれに越したことはない。だが、王都の屋敷を売り払い、その金で領地に隠居したらいい。年寄りだけなら細々と暮らしていける。そうしてたまに嫁いだ娘のところへ遊びに行けばいい。婿入りしてくれる奇特な方がいたらそれが一番だがこれはどうにもわからない。

 貴族院からの帰りの馬車から、賑やかな街を眺めて思っていた。

 ――これでよかった。清々した。
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