通り雨、閃々
7. 線
忘れていたわけではないけれど、少し億劫になっていたことは事実で、箕輪さんとの約束は延びたまま七月も終わろうとしていた。
一日曇りの予報なのに、今にも降り出しそうな重い雲が垂れ込めていて湿度は高い。
サラサラとしたライトベージュのガウチョパンツに白のサマーニットを合わせて、姿見の前でくるりと回ってみる。
背中は襟ぐりが深いV字に開いていて、ニットと同色のリボンもついている。
やり過ぎかな、と鏡の中の背中を見つめながら少し悩んだ。
シンプルなコーディネートの中で、この襟ぐりは目立つ。
でもここで普通のカットソーにすると、一気にやる気のないお出かけに見えてしまう。
「いいや、このままで」
だってこれは、多分デートだし。
今さら着替える服も時間もない。
もし相手がリョウだったら、このサマーニットは絶対に着ない。
部屋着同然の、おしゃれ感も色気もない服装を選ぶ。
透けて見えそうな気持ちを隠すために。
それでもリョウはきっと、ふうん、と笑って、そんな風に武装しなければならないほどの内面に気づくのだろうけど。
想像を裏切らない箕輪さんは、黒い大きな車で現れた。
迫力のある車体なのに、持ち主の雰囲気のせいか人懐っこい大型犬のように見える。
「こんにちは。どうぞ」
「こんにちは。わざわざ迎えに来ていただいてすみません。お邪魔します」
車の中はきちんと片付いて、アクア系の清潔な匂いがした。
「きれいにされてますね」
「慌てて掃除しました」
白いカットソーに黒の半袖シャツ。
面白みがないほどシンプルなコーディネートだったが、程よくついた筋肉のせいか洗練されて見える。
「森近さん、車の運転は?」
「できますけど、得意ではないです。できるだけしたくないかな」
「じゃあ、必要なときは呼んでください。後ろの座席たためば結構物も入るので」
フリーハンドで引いた、真っ直ぐな鉛筆線のような人だと思った。
真っ直ぐだけど、定規を使ったような堅苦しさはなく、柔らかい強弱がある。
世の中の厄介事も、箕輪さんを通すと簡単にほどけていくような安心感がある。
「ありがとうございます」
少し開けた窓から入った風が、心地よく髪を散らしていく。
緩く結んだポニーテールの毛先が、開いた背中を直接くすぐった。
夏休みに入っているので、平日でも駐車場はそこそこ混んでいた。
ショッピングモールから映画館へと渡るウッドデッキを歩いていると、ポップコーンを抱えた女の子が歩いてくる。
すれ違いざま、香ばしい香りが漂ってきた。
「いい匂い」
「食べましょう」
すかさず箕輪さんは言う。
「でも、多いですよね」
「小さいのを半分したら大丈夫じゃないですか? それでも余ったら持って帰りましょう」
ね、と微笑まれて、私も笑顔を返した。
Sサイズのポップコーンをキャラメル味としお味のハーフ&ハーフにしてもらい、箕輪さんはアイスコーヒー、私はアイスティーを頼んだ。
公開されたばかりの特撮ものの邦画はやはり人気で、座席は半分以上埋まっていたけれど、箕輪さんが事前にリザーブしておいてくれた。
ストレスのない時間がゆったりと流れていく。