政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
第十一章

軍の訓練所では特別な行事がない限り、ほぼ毎日誰かが鍛練を行っている。朝は七時から九時。昼は二時から四時頃が最も人が多い。

朝出掛けに彼女の顔を思いがけず見かけて、堪らず衣服を着たままで彼女を抱いた。自分が欲望のままに妻を抱くようになるとは想像すらしなかった。

見学したいと言う言葉を聞いて、公開模擬試合のことを話すととても喜んでくれた。これまで自分の身内とも言える人物が見学に来ることはなく、部下や同僚の親や恋人、妻、子どもが来るのを見ても特に羨ましいとは思わなかった。彼らはよく食べ物や飲み物を持ち込んで、試合後に訓練所のあちこちで仲良く食べているのも見てきた。
今度からは自分もその仲間に入るのだと考えると、模擬試合が急に楽しみになってきた。

訓練開始ギリギリに到着すると、すでに両殿下が待ち受けていた。

「遅くなり申し訳ございません」
「珍しいな。ルイスレーンが時間ギリギリに来るとは」
「何かあったのか?」

家から訓練用の衣服を着て出てきたので、着替える必要はないため、到着してそのまま従者から訓練用の剣を受け取る。

「……はい、出掛けにちょっと」

妻を抱いていたとは言えず、それでも顔が心なしか緩みそうになり無理に引き締めるのを、二人は不思議そうに眺める。

「大丈夫なのか?大事な用なら……」
「もちろんです。きちんと済ませてきましたから」

むしろ気持ちも体もすこぶる調子がいいくらいで、気力も体力も充実していて今日は誰にも負ける気がしない。

「それでは始めようか」
「今日はお前から何本取るかな」
「兄上、それはこちらの台詞です」
「お前たちが戦に行っている間も鍛練は欠かさなかったぞ。私の上達ぶりを見て驚くな」

準備運動をしながら両殿下に続いて皆が待つ広場へと向かう。

「ルイスレーン、兄上の後はお前とだからな」
「私とも手合わせを頼むぞ。何なら三人で一緒にどうだろう」
「喜んでお相手いたします」

それから約二時間、殿下たちや新人たちとほぼ休みなしに剣を交えた。

訓練後はいつも身分や階級の区別なく掻いた汗を流し合う。
冬場は少しきついが、汗を掻き上気したからだには冷たい水も心地いい。下着一枚になってバケツに汲んだ水を頭から被り、濡れた体を拭く。今は夏なので水をかけて暫く草地に座り軽食を摘まみながら、互いの剣技について意見を交わしたりする。

「ルイスレーン、私も鍛練を欠かさなかったつもりだが、今日のそなたはいつもより冴えていたな」

アンドレア殿下が隣に立ち今日の打ち合いについて感想を仰った。

「そうだ、何かいいことがあったのか?意欲が漲っている感じだったぞ」

オリヴァー殿下も反対側から声をかけた。

「特には……今朝は気力も体力も十分だっただけです。ですがお褒めいただきありがとうございます」

両殿下に挟まれる形になって二人から賛辞を受ける。最初に今日は皆に勝てそうな気がすると思ったのは気のせいではなかった。このところ夜にある所に通っているせいで帰宅が遅くなっていて、反対に二時間持つのか心配だったが、それは杞憂だった。禁欲を特に苦痛に感じたことはなかったが、彼女への渇望はこれまで経験したことがないものだった。
仕事をしている時は仕事に集中できるが、家に帰り着くと彼女がどうしているか気になった。寝ているだろう彼女の様子を見に行こうとしたくなるが、顔を見てしまうと抑えがきかなくなりそうで我慢していた。

この二日、まともに彼女の顔を見ていなかったので、今朝、もしかして起きて来ないかと思いながら彼女の部屋の扉を眺めていた時、本当にそこに彼女が現れて驚いた。
少し寝乱れくしゃりとなった髪が顔に纏わりつき、体の線を隠しきれていない夜着姿を見て、一気に興奮が押し寄せた。

扉に彼女を押し付け唇を奪い、服を脱ぐのももどかしく彼女を押し倒した。彼女の股間が口づけと僅かな愛撫で濡れていたことに、彼女も少なからず自分を求めてくれているのだと口元が緩んだ。

思い出しただけで、また下腹部に血が集まりかけ、汗で張り付いた上下を脱いでバケツの水を半分被った。
髪を濡らした水分を払い髪をかきあげると、騒がしかった周囲が水を打ったように静かになった。

「どうしましたか?」

殿下たちを含め自分の周りにいる者たちが呆然と立ち尽くして自分を見ている。その視線が肩の噛み痕を見ているのだわかって慌てて手に持っていたタオルを首に巻いて隠したが、既に何人かの目には入ったかもしれない。

事実それを目撃した者の口から侯爵夫人に対する軍の中での評価が変わった。

鉄面皮の侯爵に噛みつく唯一の人物として……
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