モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!
6
「ひいっ……」
その場にいた全員が、凍り付いた。大して深く斬ったわけではないが、私の行動に度肝を抜かれたのだろう。その時、悲鳴のような声が響いた。
「ハルカ!」
令嬢たちが、びくりとしながら背後を振り返る。入り口ではグレゴールが、真っ青な顔で立ち尽くしていた。
「何という……!」
グレゴールは、令嬢たちを突き飛ばすようにして走り寄って来ると、私を抱きしめた。同時に、彼女たちをにらみつける。
「何て真似を強要したんだ!」
「違うんです!」
私は、きっぱりと否定した。
「私が、自分の意志でやりました。潔白を、証明しようと……」
グレゴールは、一瞬私と令嬢らを見比べたものの、手当てが先だと判断したようだ。懐からハンケチを取り出した。まだ出血している傷痕に、押し当てる。
「ハイネマン公爵。どうぞ、こちらもお使いに……」
勇気ある令嬢の一人が、自分のハンケチを差し出そうとしたが、グレゴールはその手をびしりとはねつけた。私の腕に、丁重にハンケチを巻き付けながら、彼は令嬢たちをじろりと見すえた。
「アンネ嬢とマリア嬢は、全て白状しましたぞ。彼女たちは、ハルカをここへ呼び出す組。あなた方は、目撃証言を振りまく組。二手に分かれてハルカを陥れようという、カロリーネ様の計画だと」
令嬢たちが、ひっと息を呑む。やはりか、と私は思った。
「ですが」
ハンケチを巻き終えたグレゴールが、ふと表情を和らげる。口調も、打って変わって穏やかなものに変わった。
「あなた方も、お気の毒だ。王弟殿下のご令嬢のご命令とあらば、従わざるを得なかったのでしょう。……ですから私は、沈黙を貫くとしましょう。あなた方が、右も左もわからぬ異世界出身の娘を大勢で追い詰め、自らの体を傷つけるまでに追い込んだことについて」
「傷つけたのは、彼女が勝手にやったことで……」
一人が反論しかけたが、グレゴールはそれを遮った。
「カウフマン伯爵家のご長女でしたか。お父上が始められた新規事業への出資を、ハイネマン家は取り止めることもできますが?」
グレゴールの眼差しは、再び冷ややかなものに戻っていた。さすがに、全員が沈黙する。グレゴールは、彼女たち一人一人の顔を見つめた。
「皆様は、名だたる家のお嬢様方だ。ご自身のお家のことを考えれば、本日起きたことについては口をつぐむのが正解と、おわかりですね?」
令嬢たちは顔を見合わせ合うと、頷いた。グレゴールが、役者の方を向き直る。
「ヨハンとかいったな。お前も、同様に口を慎むことだ。……この劇場から、二度とお呼びがかからなくなることを避けたければな」
吐き捨てるようにそう告げると、グレゴールは私の両膝の裏に腕を差し入れ、抱き上げた。令嬢たちが、さっと道を空ける。グレゴールは私を抱いたまま、無言で楽屋を出た。
「劇場まで、医者を呼ぶか?」
「いえ、浅い傷ですし……。というかグレゴール様、私、一人で歩けます」
足は、何とも無いというのに。だがグレゴールは、それを無視して続けた。
「なら、屋敷にすぐ医者を呼ぶ。……悪かったな、最初に企みに気付ければよかったんだが。あの後気になって、お前たちの後を尾けたんだ。二人の娘が楽屋から引き返して来たから、とっつかまえて吐かせた」
「いえ、私こそ。……馬鹿ですよね、ほいほい付いて行っちゃって」
私は、うつむいた。
「嬉しかったんです。前の世界では、全然女友達ができなかったから。こちらで作れるかなって期待して……」
「お前なら、必ずできるさ。今回は、たまたま相手が悪かっただけだ」
グレゴールは、励ますように力強く言った。
「それで、なぜあんな真似をした? 前の世界では、あんな風習が?」
「……と、嘘をつきました。潔白を証明する方法だって。実際は、あんなのありません」
強いて言えば、切腹にヒントを得たのだ。グレゴールは、感心したような表情を浮かべた。
「ハッタリか。なかなかやるな」
「いえ……」
「とはいえ、二度とやるなよ? 女が肌に傷を作るなど、もっての他だ」
早く屋敷へ連れ帰ろうとしているのだろう、グレゴールは、足を速めた。ロビーへ戻って来ると、彼はふと、私の目を見つめた。
「それにしても、どうしてそこまでして、無実を証明しようとしたのだ?」
「ふしだらな娘だという噂が立ったら、側妃どころではないと思いましたから」
するとグレゴールは、一瞬立ち止まった。
「お前は、それほどクリスティアン殿下の側妃になりたいのか」
その眼差しはひどく真剣で、私は当惑した。
「今さら、何ですか。グレゴール様が、なれと言い出したんで……」
「今のお前の気持ちを聞いている!」
思いがけず大きな声で、グレゴールが怒鳴る。私は、答に詰まった。
その場にいた全員が、凍り付いた。大して深く斬ったわけではないが、私の行動に度肝を抜かれたのだろう。その時、悲鳴のような声が響いた。
「ハルカ!」
令嬢たちが、びくりとしながら背後を振り返る。入り口ではグレゴールが、真っ青な顔で立ち尽くしていた。
「何という……!」
グレゴールは、令嬢たちを突き飛ばすようにして走り寄って来ると、私を抱きしめた。同時に、彼女たちをにらみつける。
「何て真似を強要したんだ!」
「違うんです!」
私は、きっぱりと否定した。
「私が、自分の意志でやりました。潔白を、証明しようと……」
グレゴールは、一瞬私と令嬢らを見比べたものの、手当てが先だと判断したようだ。懐からハンケチを取り出した。まだ出血している傷痕に、押し当てる。
「ハイネマン公爵。どうぞ、こちらもお使いに……」
勇気ある令嬢の一人が、自分のハンケチを差し出そうとしたが、グレゴールはその手をびしりとはねつけた。私の腕に、丁重にハンケチを巻き付けながら、彼は令嬢たちをじろりと見すえた。
「アンネ嬢とマリア嬢は、全て白状しましたぞ。彼女たちは、ハルカをここへ呼び出す組。あなた方は、目撃証言を振りまく組。二手に分かれてハルカを陥れようという、カロリーネ様の計画だと」
令嬢たちが、ひっと息を呑む。やはりか、と私は思った。
「ですが」
ハンケチを巻き終えたグレゴールが、ふと表情を和らげる。口調も、打って変わって穏やかなものに変わった。
「あなた方も、お気の毒だ。王弟殿下のご令嬢のご命令とあらば、従わざるを得なかったのでしょう。……ですから私は、沈黙を貫くとしましょう。あなた方が、右も左もわからぬ異世界出身の娘を大勢で追い詰め、自らの体を傷つけるまでに追い込んだことについて」
「傷つけたのは、彼女が勝手にやったことで……」
一人が反論しかけたが、グレゴールはそれを遮った。
「カウフマン伯爵家のご長女でしたか。お父上が始められた新規事業への出資を、ハイネマン家は取り止めることもできますが?」
グレゴールの眼差しは、再び冷ややかなものに戻っていた。さすがに、全員が沈黙する。グレゴールは、彼女たち一人一人の顔を見つめた。
「皆様は、名だたる家のお嬢様方だ。ご自身のお家のことを考えれば、本日起きたことについては口をつぐむのが正解と、おわかりですね?」
令嬢たちは顔を見合わせ合うと、頷いた。グレゴールが、役者の方を向き直る。
「ヨハンとかいったな。お前も、同様に口を慎むことだ。……この劇場から、二度とお呼びがかからなくなることを避けたければな」
吐き捨てるようにそう告げると、グレゴールは私の両膝の裏に腕を差し入れ、抱き上げた。令嬢たちが、さっと道を空ける。グレゴールは私を抱いたまま、無言で楽屋を出た。
「劇場まで、医者を呼ぶか?」
「いえ、浅い傷ですし……。というかグレゴール様、私、一人で歩けます」
足は、何とも無いというのに。だがグレゴールは、それを無視して続けた。
「なら、屋敷にすぐ医者を呼ぶ。……悪かったな、最初に企みに気付ければよかったんだが。あの後気になって、お前たちの後を尾けたんだ。二人の娘が楽屋から引き返して来たから、とっつかまえて吐かせた」
「いえ、私こそ。……馬鹿ですよね、ほいほい付いて行っちゃって」
私は、うつむいた。
「嬉しかったんです。前の世界では、全然女友達ができなかったから。こちらで作れるかなって期待して……」
「お前なら、必ずできるさ。今回は、たまたま相手が悪かっただけだ」
グレゴールは、励ますように力強く言った。
「それで、なぜあんな真似をした? 前の世界では、あんな風習が?」
「……と、嘘をつきました。潔白を証明する方法だって。実際は、あんなのありません」
強いて言えば、切腹にヒントを得たのだ。グレゴールは、感心したような表情を浮かべた。
「ハッタリか。なかなかやるな」
「いえ……」
「とはいえ、二度とやるなよ? 女が肌に傷を作るなど、もっての他だ」
早く屋敷へ連れ帰ろうとしているのだろう、グレゴールは、足を速めた。ロビーへ戻って来ると、彼はふと、私の目を見つめた。
「それにしても、どうしてそこまでして、無実を証明しようとしたのだ?」
「ふしだらな娘だという噂が立ったら、側妃どころではないと思いましたから」
するとグレゴールは、一瞬立ち止まった。
「お前は、それほどクリスティアン殿下の側妃になりたいのか」
その眼差しはひどく真剣で、私は当惑した。
「今さら、何ですか。グレゴール様が、なれと言い出したんで……」
「今のお前の気持ちを聞いている!」
思いがけず大きな声で、グレゴールが怒鳴る。私は、答に詰まった。