ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい


 由乃から紋白蝶の髪留めを譲り受けたのは粧子の十歳の誕生日だった。

 由乃の持ち物だった紋白蝶の髪留めに一目惚れした粧子は、ことあるごとに髪留めが欲しいとねだりにねだった。欲しいと何度も食い下がり、根負けした由乃はとうとう粧子に髪留めを譲った。

『いい?この髪留めはとっても大切なものなの。だから、粧子もここぞという特別な時にだけ身につけるのよ?』
『うん、わかった!!』

 念願の髪留めを手に入れた粧子は嬉しくて部屋中を跳ね回った。螺鈿細工の羽根は角度を変えると虹色に光り輝き、粧子の黒髪によく映えた。

『本当に蝶々が髪にとまっているようだね』
 
 優しい父は粧子を手放しで褒め称えた。いつも膝の上で甘やかしてくれる父が粧子は大好きだった。

 二人と永遠のお別れをしたのは、この半年後のことだ。不幸な事故だった。三人の乗った車は玉突き事故に巻き込まれ、運転席に座っていた父は即死、粧子を庇った由乃も後を追うように父の死から二日後に亡くなった。
 病院で目を覚ました時には既に両親は亡くなっており、粧子は天涯孤独の身の上になっていた。
 ヒラマツの先代、平松松造(ひらまつしょうぞう)が粧子の元にやってきたのは事故から一週間後のことだった。

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