ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい

「あんたが由乃の娘か……」

 祖父はベッドに横たわる粧子の元でおいおいと泣きだした。祖父は由乃の親戚だと名乗った。まだ子供だった当時の粧子は真偽を確かめる術を持っていなかった。ただ、祖父の泣き腫らした目元が由乃に似ているような気がした。

「うちの子供にならんかね」

 他に行くあてのない粧子はうんと頷くしかなかった。包帯だらけの粧子を見て泣いてくれるなら、きっと優しい人に違いない。

 こうして粧子は退院と同時に平松家に引き取られた。そして、由乃と自らを取り巻く複雑な事情を知った。
 祖父は粧子を遠縁の娘だと言って平松家の皆に紹介した。養子になるにあたり、亡くなった二人のことは誰にも言ってはいけないと固く口止めされた。
 口止めの本当の意味を知ったのは、祖父の今際の際のことだった。

「粧子、お前さんに謝らなければならないことがある……」
「お祖父ちゃんってば……どうしたの?」

 死期を悟った祖父は全てを粧子に語り出した。由乃は大叔母の実の娘であり、粧子は孫にあたるということ。由乃の父親は先代の槙島家の当主だということ。最後に祖父は真実を黙っていたことを粧子に謝罪した。

 真実を話し心のつかえがなくなり安心したのか、祖父はその後すぐに息を引き取った。五年前の話だ。

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