影を往く者、闇に逝く者-戦国隠密伝-

甲斐

尻餅をつき、動きの取れない百合の喉元に苦無を突きつける。

彼女の頬を伝う汗。

ここまで駆けてきた体温の上昇によるものではなく、刃を押し当てられた戦慄による冷や汗である事は容易に想像できた。

俺は言う。

「まだ動きが直線的だな。そして逃走に集中しすぎる。追っ手を撒く事も考えろ。敢えて回り道をしたり、遁術(逃走の為の術。煙幕など)を駆使する事も時には必要だと教えた筈だ」

苦無をひくと、やっと百合は思い出したかのように呼吸を始めた。

「申し訳ありません…小頭(こがしら)…」

少し項垂れた百合に、俺は手を差し伸べる。

「今日の修練はこのくらいにしておくか」

その言葉で彼女の緊張した表情も多少緩む。

俺の手を握り、百合は立ち上がった。

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