楽園の炎
序章
広い宮殿の廊下を、一人の小柄な少女が走っていた。
よく磨き込まれた回廊は、うっかりすると滑ってしまいそうだ。

少女はちら、と後ろを振り向くと、ぱっと身を翻して、廊下に面した庭に飛び降りた。
そのまま目についた大きな樫の木に飛びつくと、身軽にするすると木登りを始める。

まだ十にもならない少女の腰には、鞘に収まった短剣が括り付けられている。

少女はある程度の高さまで登り、葉っぱの中に身を隠すと、ふぅ、と息をついた。
しばらくそのままぼんやりしていると、やがて遠くから、ぱたぱたぱた、と、少女と似たような軽い足音が聞こえてきた。
少女が息を詰め、木の上から自分が走ってきた回廊の先に目をやる。

「しゅーか。しゅかぁ~」

情けない声を上げながら回廊に現れたのは、少女と同じ年の頃の少年だ。
しかし、醸し出す雰囲気は、真逆といってもいいほど違っている。
身なりこそ少年のほうが良いが、それも変に着崩れて、頭頂部で結った髪も乱れている。

早い話が、泣きべそをかいている少年のほうが、随分と少女よりも全てにおいて情けないのだ。

「しゅかぁ~・・・・・・。どこぉ?」

ぐすん、とすすり上げながら、少年は回廊で立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回しながら言った。
その様子に、少女は眉間に皺を寄せて、舌打ちする。
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